ロビンソンの足あと

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フィクションとノンフィクションとで紡ぎだされた物語の地を訪れ、その背後にある事実や心象風景を探る旅を重ねる髙橋大輔さん。本格的な探検の始まりは、『ロビンソン・クルーソー漂流記』のモデルを追い求めることでした。

探検家への道を歩むことになったきっかけ、そして新刊『ロビンソンの足あと』について聞きました。

『ロビンソン・クルーソー漂流記』にはモデルがいた! その足跡を明らかにするため会社を辞めチリ沖の島へ乗り込み、数々の難題を解決しながら発見へと辿り着いた日本人青年の奮闘記。
定価: 1,680円(税込)
四六版、ソフトカバー、232ページ





―― 新刊の『ロビンソンの足あと』、最後まで手に汗を握りながら読ませていただきました。
髙橋 『ロビンソン・クルーソー漂流記』には、アレクサンダー・セルカークという実在のモデルがいます。たった一人で4年4ヵ月もの間、無人島を生きのびたのですが、その後の足あとは分からなくなっていたんです。そんな、彼が暮らしていたという事実を求めて、はじめてチリ沖のロビンソン・クルーソー島に渡ったのが1994年。それから10年がかりの挑戦を書いたのが本書です。探検を始める前の様々な申請や資金集めの一つひとつがどうなるかわからない状態でしたし、発掘の後も学術的に証明できなければならない。挫折と葛藤、そして挑戦の連続でした。

―― タイトルの意味は?
 物語の中では、無人島であるはずの浜で、ロビンソンが人の足あとを見つけて衝撃を受けるシーンがありますが、ロビンソン自身も足あとを残していたはずです。それを追った私の足跡という意味もあります。前著の『ロビンソン・クルーソーを探して』(*)は手がかりを得たところまでを書いたものですが、今回の『ロビンソンの足あと』ではひとつの結論を出すことができました。

―― 髙橋さんは、なぜ探検家になられたのですか?
 高校時代に海外に憧れ、アメリカのミネソタ州でホームステイしながら干草積みをしたのがきっかけです。
広大な大地をひたすら地平線を目指して干草積みをすることに耐えられず、自転車で脱走しました(笑)。それほど辛かった。
でも、そのときに地平線に対する魅力にとらわれたのでしょう。大学時代には、シベリア横断鉄道に乗ったり、ヒッチハイクでサハラ砂漠を縦断したりと、バックパックで大陸を旅することに夢中になっていました。

――旅はいつもひとりだったのですか?
 ええ、ひとりです。何をやりたいのか、自分探しをしていたんじゃないでしょうか。世界六大陸を旅し、それまで知らなかった文化や価値観に触れ、自分の世界観もどんどん広がっていきました。『ナショナル ジオグラフィック』と出合ったのは、ちょうどその頃です。神保町の古本屋に高く積まれていたなかから1冊を手に取り、ページを広げた瞬間から私の探検への憧れはふくらんでいきました。

―― 旅が、ほんとうの探検へと変化した始まりは?
 旅を続けるうち、やがて、冒険と探検の違いを意識するようになりました。肉体的限界への挑戦を冒険とするなら、探検とは未知の領域を探り調べるもの。探検のその部分が私の知的好奇心を刺激したのです。
 マチュピチュを発見したハイラム・ビンガムのように、最初の発見者になりたいと夢見るようになり、ありとあらゆる文献をあたって探検のテーマを調べ続けました。広告代理店に就職した後も夢を追いかけ続け、旅をし、テーマを探し求めました。そして、ロンドンの王立地理学協会の会員になるため、協会が編纂した『世界探検史』を翻訳することになり、その中にロビンソンのモデルがいたという話を見つけたのです。それがきっかけで探検への情熱はさらに燃え上がり、セルカークの住居跡を探すことが目標になっていきました。

―― 住居跡を発掘するにあたって、会社を退職されましたが、迷いはありませんでしたか?
 働きながらセルカークの故郷や島を何度も調査し、彼がいたと思われる場所も突き止めた。そこで諦めてしまっては、後悔するに決まっています。仮に何も発見できなくても、一歩踏み出すことは、自分の生きがいにとって大切なことだったんです。

―― ナショナル ジオグラフィック協会の支援を受けることになった経緯は?
 大学時代、記事に感動して協会に手紙を書いたことがありました。すると、協会を案内してあげようという返事をいただき、勇んで出かけていったのですが、まさに探検の殿堂でした。ロビンソン・プロジェクトの支援を申請するのに際して、そのときに案内してくださった方に相談し、探検支援の担当者を紹介されました。審査は公平で厳しいものでしたが、結果的に支援を受けることができました。
 ナショナルジオグラフィックに関心のある人なら、探検家がどのように協会とプロジェクトを進めているのか、とても興味があると思います。協会はどんなところで、そこでどのような会話が交わされ、いかなるプロセスで探検支援が実現されるのか――わたしも読者のひとりとして、その内側を知りたいと思っていました。この本ではそのあたりも読んでいただけるはずです。

―― これからやっていきたいことは?
 今年の2月にチリで大地震が起き、ロビンソン・クルーソー島にも大津波が押し寄せて、多くの民家が無くなる被害に遭いましたが、セルカークがいた場所は高台にあるため影響はありませんでした。「ロビンソンの島」ということを世界に伝えることで、たとえばエコツアーといったものと併わせて、島の復興に役立つことができたらいいな、と考えています。

【インタビュー 2010年4月7日】
* ^ 2002年発行 新潮文庫。現在は絶版となっています。

世界で紹介された日本人青年の奮闘の記録。 1966年秋田市生まれ。探検家、作家。 「物語を旅する」をテーマに世界各地、日本全国に伝わる 神話、伝説、昔話などの伝承地を訪ね、フィクションとノン フィクションの接点を探る。米国の探検家クラブ(ニューヨ ーク)と英国の王立地理学協会(ロンドン)のフェロー会員。 主な著書に『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮社)、 『浦島太郎はどこへ行ったのか』(新潮社)、『間宮林蔵・ 探検家一代』(中公新書ラクレ)がある。

ホームページ www.daisuketakahashi.com

髙橋氏のロビンソン・クルーソー島での探検については、三省堂発行の高校生用の英語教科書『CROWN English Reading』でも教材として取り上げられています。

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