/2007年9月号

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北極のナヌー

SEPTEMBER 2007

Photograph by Paul Nicklen/National Geographic Image Collection

 早春、氷はまだ何キロにもわたって広がっていて、外洋に出ることはできない。海水が凍ってできた氷は、雪におおわれた海岸ぞいの山々から、氷と海の境目にある浮氷まで続く。その山で、ホッキョクグマが2頭の子どもを産んだ。真っ暗な冬に生まれた子どもは、体重が500グラムほどで、最初は目も見えなければ耳も聞こえず、外の寒さから身を守る毛もほとんどはえていない。それでも、暖かい巣穴で母親の栄養たっぷりの乳を飲むうちに、体毛も生えそろい、体重は14キログラムほとになる。そして3か月もすると、ナヌーともう1頭のきょうだいは、巣穴を出られるほどに成長する。

 母親は巣穴から鼻を突きだす――見渡すかぎり真っ白な雪のなかに、ぽつんと黒い点が浮かぶ。去年の秋からずっと巣穴にこもっていた母親は、周囲の安全を確認してから外に出る。そして雪の上を転がりながら毛をきれいにする。

 だが子どもたちは、巣穴から外をのぞくだけで、まだしりごみしている。やがて母親が独特の鳴き声で呼びかける。それでようやく子どもたちも、くんずほぐれつしながら斜面をおりていく。母親のもとに駆けよって安心したナヌーは、すぐに向きを変えて斜面をのぼりはじめる。もう1頭は臆病なので、母親のそばにいる時間が少しだけ長い。ただ、子どもたちはまだ刺すような寒さに慣れておらず、長時間外にいることはできない。何しろ気温はマイナス29度なのだ。北極で生きぬくのは簡単なことではない。そのためホッキョクグマの子どもたちは、2~3年は母親と行動をともにして、さまざまな知恵を学ぶ。明日からいよいよそのレッスンがはじまる。もう少し時間をかけて寒さに慣れたら、いよいよ海辺におりていく。

 氷は海岸から48キロメートル先まで続いている。そのすぐ先、迷路のように氷が浮かぶところで、セイウチの母親が群れから離れて子どもの世話をしている。数時間前に誕生したシーラは、いまはじめて外の世界に触れようとしている。浮氷で出産した母親は、すぐにシーラを海に入れて泳ぎを教えた。シーラは生涯の3分の2を海中で過ごすことになるが、生まれつき泳げるわけではない。

 さらにシーラは、水からあがる方法も学ばなくてはならない――それもすぐに。さもないと、水中で体温が奪われて溺れしんでしまう。ナヌーと同様、シーラもまだ寒さに弱いのだ。

 母親は前びれでやさしくシーラを抱きよせ、鼻先やひげをこすりあわせる。震毛と呼ばれる硬い毛には神経が通っていて、とても感受性が強い。震毛の触れあいは、シーラと母親がおたがいの顔を記憶に刻みつけるのに役だつ。鼻をこするときも、母親は子どもの匂いを吸いこむ。こうして母親は、手ざわりだけでなく匂いでもわが子を識別できるようになる。


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