/2004年9月号

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特集

温暖化3
未来を予測する

SEPTEMBER 2004


熱帯の氷が物語ること

 だが、北大西洋海流が地球の突然の気候変動のきっかけを作った唯一の原因だという見方に異論を唱える研究者もいる。「高緯度地方については、その通りかもしれない。だが、熱帯地方はそうではない」と、氷河学者のロニー・トンプソンは言う。彼は、北回帰線と南回帰線に挟まれた熱帯における古気候学データの収集で定評のある研究者だ。

 「われわれ気候変動を研究する学者の間には、北半球での出来事が最も重要だという偏見がある」。米国オハイオ州立大学にある氷の試料の貯蔵室に入るために身支度をしながら、トンプソンはそう言う。

 何の変てつもないドアの向こうには、全部で約6000メートル分もの氷のコア試料が保存されている。トンプソンはそれらから得られるデータに基づいて、この偏見を覆そうとしている。氷のコア試料はアンデス山脈やヒマラヤ山脈、アラスカ、それにアフリカのキリマンジャロ山などの高山をおおう氷河から採取したものだ。

 貯蔵室の中に入ると、円筒容器に入った試料が、棚にぎっしり積み上げられている。温度計の目盛りはマイナス30℃。熱帯地方の気候の歴史を知るための貴重な手がかりを保存するには、感覚が麻痺するほどの低温が必要なのだ。「ここにある標本を採取した氷河は、大気中の温室効果ガスの増加に伴い、どんどん解けている」と、トンプソンは言う。「すでに消えてしまった氷の試料がここにはある」

 二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスは、様々な人間活動によって排出される。この150年間で、地球の大気に放出されるこれらのガスの量が飛躍的に増えた結果、大気中にとどまる熱が増大し、気温上昇や氷河の融解を引き起こしているのだ。

 トンプソンは棚から容器を1個取ると、テーブルに運んで行った。「普段は意識していませんが、地球は球形をしていて、地表の50%は熱帯です。熱帯は非常に大きな熱源であり、気候変動に対してこれまで考えられていた以上にずっと大きな影響を及ぼしていると、私は考えています」。トンプソンは細長い容器を開けて、ビニールでおおわれた長さ1メートルの氷のコア試料を取り出した。

 「これは南米ボリビアのサハマ山の氷河で採取した試料です」と彼は言う。私にはただの氷が詰まっているようにしか見えないが、トンプソンに言われてよく見ると、ごく薄い輪のような模様があるのが分かった。これは年ごとの積雪の跡を示しているのだという。

 「この試料は、グリーンランドで氷期に起きたのと同じ規模の気候変動が熱帯にもあったことを示している」と、彼は言う。

 赤道近くでも、グリーンランドと同じように急激な温暖化と寒冷化を繰り返していたというのだ。したがってトンプソンは、突然の気候変動を引き起こす原因は北大西洋以外にもあったと考える。太平洋にも原因があったかもしれないというのだ。

 これらの高山の氷の試料からは、地球がこの1万年間に気候変動を繰り返していたこともうかがえる。トンプソンは、キリマンジャロ山の山頂の雪から採取した氷を取り出した。1カ所だけ幅2センチほど黒い輪ができている。

 「これはほこりだ」と、トンプソン。「4200年前、アフリカの北部や東部で200年間も干ばつが続いた時のものです。砂や土、ほこりが大気中高くまで舞い上がり、それが雪に交じって降ったのです」

 古代エジプトの墓や寺院の壁に刻まれたヒエログリフの碑文には、毎年起きていたナイルの氾濫が50年ほど起きなかったことが記録されている。この時期、干ばつで古代エジプトの人々は苦しみ、多くが餓死した。この頃、古王国時代が終わり、エジプトは動乱期に入る。トンプソンは干ばつが古王国の衰退を促したのではないかと考えている。また、干ばつはさらに北の東地中海まで広がり、メソポタミアのアッカド帝国の滅亡にも寄与したのではないかと考える考古学者もいる。

 「このことは、気候変動がどれほど大きな影響を人間に対してもたらすかを示している」と、トンプソンは言う。「でも当時の干ばつは突然起きたけれど、自然現象であり、人口は2億5000万人にすぎなかった。ところが現在の地球には63億人もの人々が暮らし、気候変動の原因は人間の活動にあるのです」

 私がこれまでに話をした古気候学者たちはみな、これと同じような内容の話を口にした。何人かは、人間の活動によってすでに気候変動が起きているのは確実だと言い切った。そして全員が、世界の国々が総じて化石燃料の使用量を減らすことに積極的でないことに懸念を示した。

2080年の世界の気候

 「過去の気候は、将来を予測するうえで基準となる」。キャシー・ホイットロックはこう言って、花粉化石の研究の重要性を説明した。「海と大気と生物圏が過去にどんな関係にあり、突然の気候変動が起きた時には、その最も重要な原因が何だったかを解明することができれば、将来そうした変動が起きた時にうまく対処できるかもしれない」

 コンピューターモデルを使って近い将来の気候を予測する技術は、今や大きく進歩している。その代表的なモデルが、英国のハドレー気候予測研究センターにあるスーパーコンピューターで作られている。

 同センターの気候学者サイモン・テットは、私が宿泊していたロンドンのホテルでノートパソコンを開け、世界地図を呼び出した。そこには気候モデルが重ねられていて、海流や大気の流れを示す様々な色をした渦巻き状のパターンが描かれている。二酸化炭素やメタンの濃度の急上昇という要素を加えると、地球の気候が変動していく様子が手に取るように分かる仕組みになっている。

 「これが2080年の気候の予想図です」とテットが言う。北米と欧州のほとんどは赤い色におおわれている。それは高い気温を意味する。北極は白から青に変わった。夏でも解けない極地の氷が解け出すという意味だ。

 「どれほど大きな変化が起きるか、誰もよく分かっていない」とテットは言う。

 「今後100年間に気温は1.4~5.8℃も上昇すると予測されています。陸地の方が上昇の幅が大きくなりますが、海の温度も上昇します」

 温暖化すると言っても、すべての場所がマイアミのようになるわけではない。例えば米国の内陸部などでは気温が上昇し、より乾燥すると思われる。一方、中国や東南アジア、米国西部などでは降雨量が増え、積雪量は減るかもしれない。最後の氷河が解けて暖かい海が拡大すると、世界中で海面水位が上昇する。強いハリケーンの数が増え、ニューヨークのような都市が深刻な被害を受ける可能性もある。さらに昨年夏に欧州が経験したような熱波が、毎年のように襲ってくるかもしれない。

 では、こうした変化を食い止めることはできるのだろうか。「それはできない」と、テットは言う。「大気中の二酸化炭素の量をこれ以上増やさないためには、その排出量をゼロにすることが必要です。でも、私たちはいまだに化石燃料を使い続けています。たとえ今、二酸化炭素の排出をゼロにしたとしても、すでに温暖化は進んでいるのです」

 テットはノートパソコンを閉じ、こう言った。「30年後には、実際にどんな変化が起きるかがもっと明らかになっているだろう。その変化を自分の目で見届ける研究者もいるからだ。だがその時、地球が今とまるで違っているのは間違いない」

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