/2002年9月号

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特集

水の危機

SEPTEMBER 2002

限られた
地球資源の行方



過剰にくみ上げられた地下水

 だが、こうした地域規模での雨水の利用は、イギリスの植民地時代と1947年の独立後はあまり行われなくなった。古くからある堰が放置され、地下水が過剰にくみ上げられたため、インド西部の村々は水不足に直面したのだ。ジョハド建設の計画に夢中になったシンは、次第にラージャスターン州各地を回って村人たちを指導するようになった。

 インド古来の雨水の利用技術を復活させた人々のなかでも、シンは最も良く知られているだろう。この技術では、堰だけでなく、地下の貯水タンクとコンクリートで内側を固めた大きな貯水池も使う。フォード財団などからの助成金で運営されているシンの組織は、45人の専属職員と230人のパート職員を抱えている。

 シンは年間8カ月、各地を回る。妻子と顔を合わせるのはわずかで、夜は運転手付きの車の後部席で寝ることもしばしば。交通ルールを無視して排ガスをまき散らしながら車が行き交うインドの道路事情を考えると、シンの旅がいかに過酷かが分かる。

 私はシンに2日間同行し、ジョハドのおかげで活気を取り戻した村々を訪ねた。シンの運動が成功したのは、彼の人柄に負うところが大きい。堰の建設は多くの場合、人力だけが頼りのきつい作業だが、村人たちはシンを信頼して付いていった。穏やかで冷静なシンは、村人の訴えに何時間でも耳を傾け、時には寝食を共にする。

 私たちが訪ねた村の一つネエミは、ラージャスターン州の州都ジャイプルから30キロ離れた乾燥した山岳地帯にある。

 この村では農民たちが使っていた井戸の多くが干上がり、一部の農民は土地を捨てて近くの都市に働きに出た。シンの指導で大きな堰が何カ所か建設され、90年代末には貯水池から染み込む水が地下にたまるようになった。おかげで、村人たちが言うように、ネエミ村の運命は一転した。

 今ではネエミ村は肥沃な谷で活気あふれている。緑の畑では小麦、野菜、スイカ、花が栽培されている。都市に流出する農民がいなくなったばかりか、400人余りの農業労働者が果物や野菜の栽培を手伝うため村にやって来た。水と飼料が以前より豊富に手に入るようになり、村の122人の飼う牛の頭数も急増し、牛乳の生産量は4倍に増えた。

 この事業が次々に成果を上げている理由として、シンは基本的な事実を指摘する。政府が建設する大規模なダムは、多くの場合、住民の立ち退きを伴ううえ、水は遠くに運ばれてしまうが、この事業では、地域の人々の力でより小規模な堰と貯水池を近くに建設できる。

 「地域の人々の自立につながる。小規模の事業なら、誰もが意思決定に参加できる。それが本当の意味で地域を改善する唯一の道だ。地域に雇用が生まれるし、自分たちで所有し管理する意識も生まれる」と、シンは言う。

 ニューデリーに本部がある非営利組織「科学環境センター」のスニタ・ナレインによると、雨水を集めればすべてが解決するわけではなく、その他の水資源保全の方法、場合によってはシンが嫌う大型の公共事業と組み合わせる必要があるという。それでもシンらの仕事はインドの人々に深い影響を与え、途上国に一つの“原則”を示すことにもなったと、ナレインは認める。その原則とは、「水の賢明な管理は、貧困を減らす第一歩」というものだ。

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