NATIONAL GEOGRAPHIC






第9号
[5月26日]
ジェームズ・L・
スタンフィールド

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クリス・ジョンズ
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第1号
[3月24日]
ジョディ・コッブ
創刊前号
[3月17日]
ジョエル・サートレイ







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 ウィリアム・アラード(左)は3カ月間の取材で1000本近いフィルムを使う。取材期間中は毎日16時間は仕事漬けだし、1日も休まず働きづめのことも珍しくないが、フィルムの消費量が多いのは、撮影時間が長いせいばかりではない。人物の撮影は、たいてい写真家の思い通りにはならないからだ。「その人の服装も、撮影時の光の状態も、すべて成り行きまかせだ」とアラードは言う。ぎりぎりの悪条件下では、数枚の傑作を撮るため、失敗作の山を築くことになる。もっとも、比較的ゆとりがある撮影でもアラードはフィルムを惜しむことなく、スケッチブックに試し描きをするように、断片的な画像を撮り重ねていく。計画的に撮るよりも、アラードはむしろ運を信じているのだ。

 「撮る写真がすべて傑作でなくてもいい」というのが、アラードの考えだ。「失敗作でも面白かったり、脈がある写真が撮れれば、フィルムが惜しいとは思わない。いい写真が撮れたのとほとんど変わらないからね」

 アラードの仕事ぶりを知ったアマチュア写真家が「フィルム900本も撮れば、自分にだっていい写真は撮れる」と言うことがある。だが、アラードが目指すのは単にうまい写真ではなく、「本当に特別な写真」を撮ることだ。「答えのない問いを投げかけてくる写真や、見るたびに新たな発見をもたらす写真を撮りたい」

 米国のミネソタ州生まれで、現在はバージニア州在住のアラードだが、「ナショナル ジオグラフィック」誌で初期に手がけたのはカウボーイの記事や、先住民ネズパース族の族長ジョセフの記事だった。1982年にはカウボーイを題材にした写真集を出版し、西部を撮る写真家というイメージが一時は定着していた。

 西部の撮影にアラードが打ち込むようになったのは、1960年代後半からだ。西部の景観と、そこに生きる人々の率直で独立心に富んだ気性、独特の価値観、労働への純粋な喜びが、彼を強くひきつけた。アラードは繰り返しこの地を訪れては、カウボーイたちと馬に乗った。「傍観者でいた方がいい写真が撮れるのかもしれないが、自分の場合、対象の中に入り込まないと撮れないんだ」とアラードは言う。精力的に西部の撮影に取り組んだが、70年代の終わりとともに心境の変化が訪れた。「カウボーイ専門の写真家だと思われることに、いつしかうんざりしてしまったんだ」



ウィリアム・アラードが西部の文化を綴った連作写真の中の1枚。広角レンズでとらえた画面がそのまま、被写体とそれに付随する要素のみで構成された“純粋”な作品となっている。動きのある被写体の撮影では、意識的に構図を練る時間がないことも多い。アラードの写真にみられる構成力は、直観の賜物と言えるだろう。


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