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特集

マンハッタンの
空中公園

APRIL 2011

特集 全文掲載ページ
震災の影響で東北地方に4月号をお届けできなかったため、特集を全文掲載します。

文=ポール・ゴールドバーガー/写真=ダイアン・クック、レン・ジェンシェル

ューヨークの中心地マンハッタンに、高架鉄道の跡地を利用した全長800メートルの公園ができた。大人気の観光スポットとなった大都会の“空中公園”を紹介する。

 大都会の公園といえば、コンクリートと鉄骨だらけの世界で、ほっと一息つける緑あふれる場所を思い浮かべるだろう。だが、ニューヨーク市マンハッタンにある「ハイライン」と呼ばれる公園で、まず目に飛び込んでくるのは無機質な鉄製の構造物だ。

 その鉄骨が支えているのは、かつての高架鉄道。周辺の工場や倉庫へ物資を運び込む貨物列車が走っていた。少なくとも遠目には、都会のオアシスというより、見捨てられた遺物のように見える。

 実際のところ、ごく最近までハイラインは大都会に置き去りにされた廃墟(はいきょ)で、朽ちかけていた。1994年から市長を務めていたルドルフ・ジュリアーニをはじめ、近隣住民の多くが、その撤去に強い意欲を燃やすほどだった。線路はチェルシー地区のガンズヴォート通りから西34丁目まで、2キロ以上にわたって南北に走っている。ギャラリーやレストラン、倉庫を改装した住宅が増えて環境が良くなり始めたチェルシー地区にとって、ハイラインは見苦しいお荷物でしかないとジュリアーニは考えていた。同地区の可能性を最大限に引き出すために、この場違いな廃線跡を撤去するべきというのが、市の方針だったのだ。

 だがこれは、ニューヨーク市の行政史上、最大の誤算だったと言える。市が解体に着手しようとしてから10年近くたった現在、ハイラインは市内で最も斬新で魅力的な公共スペースとして生まれ変わった。高架鉄道を支えていた黒い鉄柱がいま持ち上げているのは、緑豊かな公園だ。この空中公園は遊歩道であり、街の広場であり、植物園でもある。高架の南3分の1を占める第1区間は、2009年夏にオープンした。ガンズヴォート通りから始まり、途中で10番街を渡って西20丁目まで延びている。今年の春に第2区間がオープンすれば、公園はさらに10ブロック(約1キロ)延びて西30丁目まで達する。最終的には、高架の残りの部分すべてが公園になることを支援者たちは望んでいる。

 ハイラインには、ここでしか味わえないニューヨークがある。地上約8メートルの高さに立つと、日常から遠く離れたように感じると同時に、つながっているようでもある。手入れの行き届いた草木に囲まれながらベンチで日光浴をしたり、ハドソン川の眺めを楽しんだり、ビルの谷間を縫って線路沿いを歩くこともできる。私も何十回となくハイラインを歩いたが、ここからの眺めはほかのどの通りや歩道、公園とも違っていて、来るたびに新たな感動や驚きがある。また、道路を渡ったり信号待ちをしなくて済むので、10ブロックの距離を歩いても2ブロックほどにしか感じないのが何より魅力なのだ。

 ニューヨークでは、良いことがすんなりと実現することはまれだ。優れたデザインの建築物は、建設できたとしても、往々にして妥協を余儀なくされる。ハイラインは幸運な例外だったと言える。素晴らしいアイデアが実現しただけでなく、想像を超える結果となったからだ。ほかのどの都市においても、これほど洗練されたコンセプトが、設計過程や行政との調整、建設などの段階を経ても、ほとんど損なわれることなく公共スペースとして実現した例は少ない。

 公園を設計したのは、景観設計士のジェームズ・コーナーと、「ディラー・スコフィディオ+レンフロ」という設計事務所だ。この両者が手を組み、世界的に有名な建築家たちを相手に、コンペで勝利を収めた。彼らのプランは、上品な雰囲気と産業遺構である高架の武骨な持ち味をバランスよく組み合わせていた。「一貫性を持たせつつ、随所に変化を演出したいと考えました」と、コーナーは言う。公園内には、美しい木製ベンチが並ぶ場所がある一方で、古い線路がそのまま遊歩道や景観の一部に取り込まれているエリアが数多くある。

 コーナーはまた、かつて高架に繁茂していた野花や雑草を思い起こさせる、背の高い草木やアシを中心とした多彩な植栽を提案した。

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