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特集

失われた楽園 クリミア

APRIL 2011

特集 全文掲載ページ
震災の影響で東北地方に4月号をお届けできなかったため、特集を全文掲載します。

文=キャシー・ニューマン/写真=ゲアード・ルドウィッグ

海に突き出たクリミア半島。現在はウクライナ領だが、さまざまな民族や帝国に支配されてきた複雑な歴史が、住民たちの生活に影を落としている。

 クリミア半島南西部の港湾都市セバストポリ。ここでは「過去」は決して過ぎ去った昔のことではなく、今も街の至る所に見られる。祝日に行われる軍事パレードの観客席ではためく旗、数々の戦勝記念碑、そして、レーニン広場やスターリングラード英雄通り、シネマ・モスクワといった看板や標識にも、まだ「過去」が息づいている。

 「過去」は、東ヨーロッパの料理ボルシチにも見て取れる。ガリーナ・オニシェンコは、深皿に入ったグリーン・ボルシチをテーブルに置いた。煮込んだ野菜の上にはハーブが振り掛けてある。「これはロシアのボルシチよ。ニンニクやラードを使う、ウクライナ風とは違うの」

 ガリーナは70歳の女性だ。先ほどまでレーニン通りのパレードに参加し、愛するロシアの黒海艦隊のために旧ソ連の海軍旗を振っていた。「セバストポリはロシアの都市よ。ウクライナに統治されているなんて、考えたくもないわ」

 ガリーナは反論するだろうが、ロシアの食物史研究家のV・V・ポフレブキンによれば、ボルシチは元々ウクライナの料理だ。そして、セバストポリもまた、ウクライナの都市なのだ。

 温暖で緑豊かな美しい景観を持つクリミア半島は、「ロシア帝国の宝石」だった。ロマノフ朝の皇帝やソ連共産党の大物政治局員たちも、ここを保養地として利用した。現在の正式な名称は「クリミア自治共和国」。独自の議会も、シンフェロポリという首都もあるが、統治権はウクライナ政府が握っている。ガリーナが暮らすセバストポリは自治共和国には属さず、特別市としてキエフの直轄下に置かれている。

 クリミアは物理的にも政治的にもウクライナの一部だが、精神的には、ここの住民の多くはロシアとの一体感を抱いている。ウクライナ人が自国内で“よそ者”の気分を味わえる珍しい場所だと、あるジャーナリストは指摘する。

移管にまつわる誤算

 1954年、ソ連共産党第一書記だったニキータ・フルシチョフが、友好の証しとしてクリミアをロシアからウクライナに移管した。当時14歳だったガリーナは、「あれは違法よ。住民投票も公式の発表も、何一つなかったの」と言った。

 クリミアは素敵な贈り物だが、箱の中身は空っぽだった。ウクライナとロシア。どちらにしてもソ連の一部だったからだ。1991年にソ連が崩壊することも、独立国家となったウクライナと共にクリミアがロシアの勢力圏から引き離されることも、当時は誰も想像していなかったのだ。

 ガリーナはこんな思い出話を始めた。「あのころは、砂糖が1キロ78カペイカ(100カペイカ=1ルーブル)、バターはたったの60カペイカで買えたの! 今はもう、高くて手が出せないわ」。ソ連時代、教育や医療は無料だった。休暇には保養地に行った、と彼女は言う。だが今は月1万1000円ほどの年金生活だ。「ソ連が懐かしい。今では、保養地なんて夢のまた夢よ」

 セバストポリでは人口の70%をロシア系が占めている。2009年のある世論調査では、クリミア居住者の3分の1が、ウクライナから分離してロシアの一部になりたいと答えているという。

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