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特集

コンゴ
溶岩から街を守れ

APRIL 2011

特集 全文掲載ページ
震災の影響で東北地方に4月号をお届けできなかったため、特集を全文掲載します。

文=マイケル・フィンケル/写真=カーステン・ペーター

ンゴ民主共和国の東端にそびえる標高3470メートルの活火山、ニイラゴンゴ山。山麓の街ゴマを大惨事から守るため、火山学者が灼熱の溶岩湖の調査に挑んだ。

 噴火はいつ起きるのか。アフリカ中央部、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の東端にそびえる標高3470メートルの活火山、ニイラゴンゴ山。そのすぐ南に位置する都市、ゴマに暮らす100万人近くの住民にとって、山がいつ火を噴くかは切実な問題だ。2002年には溶岩流が街の中心部を直撃して、1万4000棟の家屋が全壊した。その後も、火口では溶岩が湧き上がりつつあるが、噴火予知に必要な科学データは不足している。街を守ろうと奮闘する地元の学者たちを助けるため、二人の火山学者が立ち上がった。

 ニイラゴンゴ山は、世界有数の活火山でありながら、ほとんど研究が進んでいない。その最大の理由は、過去20年間コンゴがほぼ絶え間なく内戦に悩まされてきたうえ、隣国ルワンダでの大量虐殺の余波も被ってきたためだ。国連軍の約2万人もの兵士がかろうじて平和を維持しているが、紛争は絶えない。ゴマには、周辺の村から難民が日々流入してくる。

 近年、ゴマは2度、溶岩流に襲われている。1977年には、観測史上最も速い、時速95キロ以上で溶岩が山腹を流れ下った。街の中心部には達しなかったが、数百人が死亡した。2002年には、1100万立方メートルを超える量の溶岩が中心部にまで流れ込んだ(91年6月3日に雲仙岳で発生した「大火砕流」の堆積量は、約250万立方メートル)。1万4000棟の家屋が全壊し、ビルの1階部分は溶岩で埋まり、35万人が避難を余儀なくされた。それでもこの2度の噴火は、いずれ起こるとみられている大噴火に比べれば、規模は小さい。

 今回調査に訪れた火山学者の一人、イタリアのダリオ・テデスコの任務の一つは、大噴火の時期を予測することにある。過去15年間、テデスコは学界の関心をニイラゴンゴ山に向けさせようと懸命に努力してきた。この火山はいずれまた確実に噴火し、ゴマの街を壊滅させる可能性があると、テデスコは考えている。「ゴマは世界で最も危険な都市です」

 2010年7月、テデスコは米国の火山学者ケン・シムズと若い研究者たち、そして自動小銃を持った6人の護衛を伴って、ニイラゴンゴ山に登った。目的は、岩石を調べ、発生するガスを採取して、噴火のしくみと火山の動静を把握すること。噴火予知に役立つ情報を少しでも得たいと、調査隊は考えていた。

溶岩流をたどって山頂へ

 近年の噴火は、山頂から大量の火山灰や噴石を出すものではない。まるで水道管が地下で破裂するように、火山周辺にできた割れ目から溶岩が勢いよく噴き出す「割れ目噴火」と呼ばれるものだった。

 2002年の噴火では、山頂から100メートル下に割れ目ができた。ニイラゴンゴ山とその周辺の地下には、マグマの通路が木の根のように張りめぐらされていて、噴火は街の近郊だけでなく、中心部でも発生するおそれがある。

 私たちは溶岩の流れた跡をたどって、山頂を目指した。溶岩流の跡は、市街地から森を抜けて山腹まで、まるで10車線の幹線道路が敷かれたかのように延びていた。次の噴火でも溶岩は同様の経路を流れる可能性が高いが、溶岩流の跡の上には、家屋やトタン屋根の小屋がすでに何千と建っている。

 ゴマの抱える問題は、それだけではない。街が面する面積2500平方キロのキブ湖の水中には、膨大な量のメタンと二酸化炭素が封じ込められている。大噴火が起きてガスが放出され、雲のように都市全体を覆ったら、多数の住民がガス中毒で命を落とすだろう。

 斜面を丸一日登った末に、風の吹き荒れる山頂に到達した。ポーターたちが長い列を作って、キャンプや登山の用具、調査用の機材、食料や水を運んでくる。

 山頂火口の内側は急な斜面で、途中に何段かの平らな岩棚を伴いながら、400メートルほど下まで落ち込んでいる。火口の底は黒く固まった溶岩に覆われ、その中央に、煮えたぎる溶岩湖が荒々しい姿を見せていた。

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