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特集

インカ 気高き野望

APRIL 2011

特集 全文掲載ページ
震災の影響で東北地方に4月号をお届けできなかったため、特集を全文掲載します。

文=ヘザー・プリングル/写真=ロバート・クラーク

“空中都市”マチュピチュに象徴されるインカ帝国。南米ペルーを中心に栄えた一大帝国の誕生と発展の謎を、最新の研究から探る。

 祈りの言葉が、ペルー南東部のティティカカ湖に浮かぶタキーレ島に流れていた。広場に集まった数百人の島民は、地元のカトリック教会の司祭が唱える言葉にじっと耳を傾けている。彼らの中には、500年以上前に強制的に移り住まわさせられてきたインカの民の血を引く者もいる。華やかな色合いの布を織り、インカ伝統の言葉であるケチュア語を話し、畑を耕す彼らの暮らしは何世紀も前から変わっていない。祭りの日になると、みんなで広場に集まり、木で作った笛や太鼓に合わせて踊るのだ。

 よく晴れた夏の昼下がり、私は島で毎年行われるサンティアゴ(聖ヤコブ)祭を見物していた。

 黒い衣装に身を包んだ4人の男性が、鮮やかに彩色されたサンティアゴ像が載る木製の輿(こし)を担いでいる。祈りが終わると、彼らは輿を高く掲げた。インカ帝国が栄えた時代にも、これと同じような祭りがあった。「イリャパ」と呼ばれた雷神をたたえる祭典だ。しかし、その祭りで担がれていたのは、木像ではなく、歴代の王たちのミイラだった。

 インカの王たちの名前からは、彼らの死後何世紀もたった現在もなお、強大な権力と野心を感じることができる。ビラコチャ・インカ(「創造神の統治者」の意)、ワスカル・インカ(「黄金の鎖の統治者」)、パチャクテック・インカ・ユパンキ(「世界を造り変える者」)……。

 ペルー南東部のクスコ盆地を拠点とする小さな民族集団にすぎなかったインカの王朝は、13世紀になると、政略結婚や外交、買収、脅迫、武力を駆使して、ライバルの王国を次々と取り込んでいく。こうして、コロンブスが到達する以前の米大陸で、最大の帝国が誕生した。

 インカの王たちの生涯に関しては、長い間、ほとんど手掛かりがなかった。文字が存在しなかったためだ。スペインの征服者が入ってきた直後、インカの貴族たちの口述による粉飾まみれの証言が唯一の情報源だった。都だったクスコの王宮はスペイン人の侵入後すぐに破壊され、その上に植民都市が建設された。

 現代になっても、インカの謎はなかなか解き明かされなかった。1980年代初頭、ペルーではテロリズムの嵐が各地で吹き荒れ、考古学者たちは10年以上もインカ帝国の中心地だったクスコ盆地で調査ができなかったのだ。

 考古学者たちは現在、失われた時間を取り戻そうとしている。米国イリノイ大学シカゴ校の考古学者ブライアン・バウアーは、強い日差しが降り注ぐ7月のある日、クスコの南に位置する祭祀(さいし)遺跡マウカリャクタにいた。儀礼用の広場に立ったバウアーは水をゴクリと飲み込むと、東側にそびえる灰色の岩を指さした。その頂上には、大きな階段が刻まれている。岩全体がインカの重要な神殿だったのだ。バウアーによれば、500年ほど前、ここはインカ発祥の地として崇められていて、多くの巡礼者が訪れていたという。

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