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揺れる少林寺の魂

MARCH 2011

文=ピーター・グウィン 写真=フリッツ・ホフマン

国河南省の禅寺に受け継がれてきた少林拳。長い歴史と伝統につちかわれた中国武術の魂は、変化の激しい時代を生き抜くことができるのか。

 師父(しふ)は布団にくるまれ、生涯最後の日を迎えていた。狭い寝室には、きしむような彼の呼吸音が満ちている。ひんやりとした春の日、中国河南(ホーナン)省嵩山(ソンシャン)の麓(ふもと)にある偃師(イエンシー)の町に、師父の死の床を訪ねる来訪者が次々と姿を見せた。彼らは、師父である楊桂吾(ヤングイウー)に中国武術を教わった弟子たちだ。ある者は僧衣をまとい、ある者はジーンズを履いて、レンガ造りの小さな家へと入っていく。

 白髪を丁寧になでつけた師父の妻は、客人が訪れるたびに、実の息子を迎えるかのように肩をしっかりと抱き、台所を通って夫が横たわる床まで案内する。そこには、師父の家族やほかの弟子たちが既に集まっていた。

 妻が布団に横たわる師父に近づき、来訪者を告げた。15年前に入門を許された、師父の最後の弟子だ。「胡正生(フーヂョンション)ですよ」と、妻が言った。ナイキのトレーニングウエアを着て、昔ながらのカンフーシューズを履いた胡は、肩幅の広い33歳の男性だった。彼は腰をかがめ、すっかり小さく弱々しくなった老人に、穏やかに、そして、敬意を込めて、こう言葉をかけた。「師父、私の言うことが聞こえますか?」。老人の青白く、わら紙のように薄い瞼(まぶた)がかすかに動いた。

 師父は繰り返し見るある夢の話を、胡に話したという。その夢とは、はるか昔にこの世を去った少林寺の僧たちが自分を訪ねてくるというものだ。彼らは、寺の道場の敷石を厳しい鍛錬(たんれん)ですり減らし、今では寺のすぐ外にある塔林(とうりん)に眠る武術の先達(せんだつ)たちで、何世代、何世紀にもわたって集められた英知を携えて、師父の元に現れたという。生涯をかけて、肉体を限界まで追い込んで、身体の動きの組み合わせにさまざまな変化を加えて、梅花拳や小洪拳などの少林拳の型を完成させた。こうした先達たちもまた、師父の死の床に集まっているだろうと、胡は考えていた。

 弟子たちは、師父の肺が最後には彼を裏切るだろうという事実に特別な皮肉を覚えていた。呼吸こそが、生命の力である「気(チー)」を生かす要素であると教えてきた男にとって、呼吸が止まり死を迎えることは、弟子たちへの最後の教訓となることだろう。心拍とほかの器官のリズムと調和しながら、ゆっくりと呼吸を整える。正しい呼吸を身につけることは、気を引き出す過程の第一歩で、そうすることによって、万物の秘密の扉の一つが解き放たれる、師父は弟子たちにそう話した。

 弟子たちは師父の呼吸に耳を澄ませて、彼がこれから先の旅のために気を整えようとしている手がかりを見つけようとした。

変化の渦中にある少林寺

 少林寺は、年老いた師父が横たわる場所から20キロほど離れた嵩山の谷にある。今日も、観光客を満載したバスが何台も到着する。中国武術を代表する少林拳のふるさとを見るために、中国全土からやって来るのだ。

 言い伝えによると、創建されたばかりの少林寺をインドの神秘家が訪れ、動物の動きをまねた型を伝えたという。6世紀ごろのことだ。僧たちは、それらの型を護身のために用い、その後、戦うために改良していった。彼らの後進たちがこうした“武術”に磨きをかけ、その後1400年以上にわたって、数えきれない戦闘に用いてきた。暴君に対抗するため、反乱を抑え込むため、侵略者から寺を守るために戦ったのだ。こうしてつちかわれた多くの技が寺内の石碑に刻まれ、明代からは少林拳を題材にした小説が書かれるようになった。

 学者たちは、こうした話の多くが、わずかな史実をさまざまに脚色した伝説にすぎないと一蹴する。中国では、武器を持たない武術は5世紀よりずっと前から存在していて、寺に武術を伝えたのも、おそらくは庇護(ひご)を求めて逃げてきた兵だろう。長い間、少林寺は寺というより、よく訓練された私兵を擁する裕福な領地という色彩が強かった。僧たちは戦えば戦うほど、熟達した戦士となり、名声も高まっていったのだ。しかし、彼らとて無敵というわけではなかった。寺は幾度となく破壊の憂き目に遭ってきた。最も壊滅的だったのは、1928年に中華民国軍の司令官、石友三が書庫をはじめ寺のほとんどを焼き尽くしたことだ。これにより、武術論や鍛錬方法、中国医学の論文、仏教の経典など、何世紀にもわたって受け継がれてきた書物が破壊された。少林拳の技と伝統は、師から弟子、つまり、楊桂吾のような男たちを介して後進に伝えられることとなった。

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