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揺れる少林寺の魂

MARCH 2011


 しかし、少林寺の関係者たちは目下、失われた寺の伝統を取り戻すよりも、“少林ブランド”の構築に関心があるようだ。45歳になる方丈の釈永信(シーヨンシン)は、過去10年にわたって、国際的なビジネスを展開してきた。各地を巡業する少林拳のショーや映画、テレビ番組を手掛け、少林ブランドの茶や石鹸(せっけん)を販売するオンライン・ストアを立ち上げた。さらに、海外に少林寺をフランチャイズ展開していて、オーストラリアで計画中の寺はゴルフ・リゾートに併設される。

 執務室で茶を飲みながら、こうした取り組みが仏教を広めることにつながると、永信方丈は自らの主張を穏やかに説明した。「私たちはより多くの人に禅仏教を知ってもらっています」と、彼は言う。「少林ブランドを各国で商標登録し、武術を含む少林寺の伝統的な文化を普及させることを通じて、世界中の人々に禅仏教を知ってもらい、信じてもらえるように取り組んでいるのです」

 これは、若き方丈が国内外のメディアとの会見で繰り返してきた言葉だ。しかし、目的が禅仏教の普及でも、利益追求でも、少林寺が中国武術の再興を先導してきたことは確かだ。それは、中国が再び国際社会で脚光を浴び始めた時期と重なっている。

 少林寺の商業化路線は、寺から10キロほど離れた人口65万人の登封(ドンフォン)で最も顕著に見られる。ここには過去20年間で、60余りの武術学校が誕生し、生徒の数は5万人を超える。学校が立ち並ぶ様子はまるでラスベガスのカジノを彷彿(ほうふつ)とさせ、そびえる寄宿舎の壁には拳士や竜、虎の絵が描かれている。

 武術学校の生徒は中国各地からやって来る。男子が多いが、最近では女子も増えている。年齢は5~20歳代後半までで、あらゆる社会階層の出身だ。映画スターを夢見たり、伝統的な武術から発展した「散打」と呼ばれる競技のプロ選手になりたいと望む生徒もいる。また、軍隊や警察、警備会社でいい仕事に就くために入学する生徒もいれば、勤勉さや規律を学ばせたいと、親が送り込む場合もある。

 週6日、年に11カ月、おそろいのトレーニングウエアを着た数百人の生徒たちが早朝から校庭に列を作って武術の鍛錬に励む。顔を前に向け、背筋を伸ばして、一斉に突きや蹴りを繰り出していく。教官の号令を繰り返す生徒たちの声が、朝の空気をつんざく。

辛酸をなめて意志を鍛える

 師父の枕元を訪れる数日前、胡正生の元に1本の電話がかかって来た。それは、カンフー映画で胡を主役に起用したいという香港人プロデューサーからだった。しかし、胡はその申し出を受けるべきか迷っている。映画に描かれる中国武術が往々にして、道徳的な信条や敵対者への尊敬心をないがしろにして、思慮なく暴力を称賛する内容になっている点に、胡は賛同できないのだ。それに、有名になることに不安を感じてもいる。師父は、優秀だった彼に謙虚たらんことを説いた。謙虚さは尊大さを打ち負かす、と楊師父は教えた。尊大さは人間を打ち負かす、と。

 その一方で、映画に出演すれば、胡の小さな武術学校の知名度は上がるだろうし、資金も入ってくるだろう。師父の賛意を得て、胡が登封の近郊で学校を始めたのは8年前のこと。曲芸や散打などに重点を置く大規模な学校と違い、胡は200人ほどの少年と数人の少女に伝統的な少林拳の型を教えている。それは、楊桂吾が彼に伝えたものだ。

 しかし、武術で最も重要なのは戦うことではない、と胡は説明する。彼が重視しているのは武徳で、生徒一人一人に礼儀正しさと“辛酸をなめる”強い意志を求めている。そうすることで、心を鍛え、人格を築くのだ。

 生徒たちが眠る部屋には暖房がないし、気温に関係なく、生徒たちは屋外で鍛練を行う。日の出前のこともしばしばだ。手を鍛えるために木の幹を激しく突いたり、脚を強くするためにほかの生徒を肩車してスクワットを繰り返す。鍛錬の間、型がしっかりできていなかったり、努力が足りないとみなされた生徒は、教官に竹の棒でひざの裏をぴしゃりと叩(たた)かれる。

 そんな厳しい扱いをして生徒たちは怒らないのかと尋ねると、胡は微笑(ほほえ)んでこう言った。「それこそ、辛酸をなめることです。生徒たちは、それが自らを成長させると理解しています」

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