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野生動物 ペットへの道

MARCH 2011


 こうした変化を引き起こす原因は、人になれる性質に関係する遺伝子群(遺伝子型)だとベリャーエフは仮説を立てた。家畜化が可能なほかの動物と同様、キツネにもその遺伝子型が存在するに違いない。トルートたちは今、農場の実験施設で、家畜化に関与する遺伝子の解明に取り組んでいる。ブタ、ニワトリ、ウマといった家畜のDNA解析も別の場所で進行中だ。ゲノム生物学の専門家、スウェーデン・ウプサラ大学のレイフ・アンダーソンは、この研究によって「野生動物から家畜への大変身は、どのようにして起きたのか」という根本的な疑問に答えが出るかもしれないと語る。それによって、動物の家畜化だけでなく、私たち人間が、自分たちの内なる野生をいかに飼いならしていったかも理解できるようになるだろう。

 動植物を意のままに扱えるようになったのは、人類の歴史上でもとりわけ重大なできごとだったはずだ。農耕を始めた人類はそのかたわら、家畜化した動物を育てて管理するようになった。まず最初に手なずけたのは、おそらくオオカミだっただろう。やがてニワトリ、ウシといった食用になる動物も家畜にできるようになると、人類の食生活は大きく変わった。定住への道が開け、やがては国家の誕生へとつながった。家畜化によって人間と動物の接触する機会が増えると、動物が媒介する病気も発生し、人類社会にも影を落とした。

家畜化できたのはたった15種

 家畜化の成立過程を知る手がかりは少なく、いまだに謎だらけだ。動物の骨や石器などの遺物から、それぞれの動物がいつ、どこで人間と共存するようになったかをうかがい知ることはできるものの、家畜化が「どうやって」起きたかを知ることが難しいのだ。好奇心の強い野生のイノシシが集落に近づき、残飯をあさるようになって世代を重ねるうちに、人間の食料として利用されるようになったのだろうか? 今日のニワトリの祖先はヤケイ(野鶏)という鳥の仲間だが、最初のきっかけは人間が捕まえたのか、それとも向こうから近づいてきたのか? 地球上に生息する大型哺乳類は148種いるが、家畜にできたのはそのうちわずか15種にすぎない。これはいったい、なぜなのだろうか?

 実のところ、家畜化の厳密な定義は、科学者の間でもまだ定まっていない。どんな動物も、一代限りの個体レベルであれば、訓練次第で飼いならせる。たとえば1頭のトラを赤ん坊のときから育てて、刷りこみの結果、人間を家族と思うように育て上げることは可能だ。

 だがトラの場合は、飼いならされた親から生まれた子トラでも、生来の性質は祖先と同様、野生の獣そのものだ。これに対し、家畜化された種では、何世代にもわたって人間の身近で生活することで、飼育に適した性質が集団全体に植えつけられている。その場合は野生の本能が、すべてとは言わないまでも、かなり失われている。家畜化は遺伝子レベルで起こる変化なのだ。

 そうは言っても、家畜と野生動物の境目はあいまいだ。家畜となった動物は、人間が積極的に働きかけるより前に、どうやら自ら進んで人間に近づいてきたふしがある。英国ダラム大学で遺伝学と家畜化を研究するグレガー・ラーソンは語る。「早いうちに家畜になった動物―まずイヌ、そしてブタ、ヒツジ、ヤギなどではおそらく、人間が意図せずして彼らの行動を左右していた時代が長かったのでしょう。(家畜化というと)人間が意識して行ったような印象を受けますが、実際はもっと複雑な話であり、だからこそ興味深いのです」

 キツネの家畜化実験は、その複雑な物語を読み解くためのものだが、実験開始に至る経緯もまた驚きだ。20世紀半ば、スターリン体制下のソ連生物学界は悪名高い農学者トロフィム・ルイセンコに牛耳られ、メンデル遺伝学の研究は禁じられていた。そんな中、ドミトリーと兄ニコライのベリャーエフ兄弟は、生物学者としてメンデル遺伝学に可能性を感じていた。けれども、とトルートは語る。「あのころ遺伝学はニセ科学として断罪されていたのです」。兄弟はメンデル学説に基づいた研究を続けていたが、そのためにドミトリーは職を追われる。ニコライは収容所送りになり、そこで死んでしまった。

 ドミトリー・ベリャーエフは動物生理学を隠れみのにして、遺伝学の研究をひそかに続けた。最大の関心事は、同じオオカミを祖先に持つはずなのに、なぜイヌはこれほど多様化したのかということだ。その疑問の答えは分子レベルで解き明かすしかないとベリャーエフは確信していた。だが当時の技術では、動物の遺伝子を解析するなど夢のまた夢だ。そこでベリャーエフは歴史を自らの手で再現することにした。イヌの近縁種でありながら、家畜化されたことのないギンギツネが候補に選ばれた。

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