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船を沈めて魚の楽園に

FEBRUARY 2011


 人工魚礁の大半は、ほぼ決まった段階を経て海洋生物のすみかとなる。まず、海流がヴァンデンバーグのような構造物にぶつかると、プランクトンを豊富に含む湧昇流(ゆうしょうりゅう)(深層から表層に湧き上がる流れ)が発生し、イワシやヒメハヤなど小型の魚たちにとって絶好の餌場ができる。するとこうした小魚を狙って、マグロやサメといった大型魚が集まってくる。次に、天敵の多い外洋を逃れてきたハタやフエダイ、イットウダイ、ウナギ、モンガラカワハギなどが、構造物の穴やすき間にすみつく。アジやカマスなどといった捕食性の魚たちも、すぐにこうした海域にやってきて、餌になる魚が現れるのを待ち伏せる。やがて時が経(た)つにつれ、鉄製の人工物には海藻やサンゴ、ホヤ、海綿などの海洋生物が付着し、辺り一面に繁殖する。

 水中の構造物にはさまざまな種類の魚たちが集まってくるため、過去数十年間、メキシコ湾では石油や天然ガスを採掘するための油井が、釣り人たちに人気の漁場になってきた。「人工魚礁は間違いなく、利益をもたらします」と、マイケル・ミグリーニは語る。彼は全長10メートルのチャーター船「オリオン号」の船長で、メキシコ湾に面したテキサス州の港町ポートアランサスの沖合に点在する油井まで、釣り人やダイバーたちを連れていく仕事をしている。この周辺の海は、2010年4月に発生したメキシコ湾原油流出事故の被害を奇跡的に免れている。「魚たちのすみかを作ることは、砂漠にオアシスを作るようなものです。人工魚礁は、魚を育(はぐく)む海の力を高め、メキシコ湾に息づく生命を豊かにしてくれます」とミグリーニは言う。

問題は汚染や乱獲

 本来、天然の岩礁に生息していた魚が人工魚礁に集まることによって、問題も生じると懸念する生物学者もいる。たとえば、メキシコ湾で人気の高いレッドスナッパー(フエダイの仲間)など、お金になる魚がこうした魚礁で乱獲されるかもしれないというのだ。

 「レッドスナッパーは、人工魚礁をことのほか好みます」と、米ルイジアナ州立大学の海洋学・沿岸科学部教授、ジェームズ・H・コーワン Jr. は語る。「漁獲量だけで判断するなら、人工魚礁の効果は抜群だと言えるでしょう。ところがこうした構造物はたいてい、アクセスの良い沿岸部の浅瀬に設置されます。沖合にある天然の岩礁から魚が移動してくると、ただでさえ数が減少している魚の乱獲を招きかねません」

 人工魚礁のなかには、船の航行を妨げたり、何年もの間、有毒物質を流し続けて周辺の海を汚染するものもある。こうした環境汚染の危険があるため、ヴァンデンバーグを沈没させるための予算840万ドル(約6億9000万円)のおよそ7割は、10トンを超えるアスベストの除去や、全長243キロ以上に及ぶ電線の撤去といった清掃作業に費やされた。

 入念に計画を立てても、廃船が思惑通りに沈まない場合もある。2002年、キーラーゴ沖で揚陸艦「スピーゲル・グローブ」を沈めようとした際には、爆破のタイミングが早すぎて船体が逆さまになったうえ、船尾だけが海底に沈み、船首の先端が海上に突き出たままの状態になってしまった。

 計画通りに沈まなかった「スピーゲル・グローブ」のために、大掛かりな牽引(けんいん)作業が行われた。船体はなんとか完全に水没し、舷側を下にして海底に横たわったが、当初の予定通り船底を下にして水平になったのはその3年後。ハリケーン「デニス」が襲来した時だった。

 人工魚礁は、単に廃棄された船やタイヤの終焉(しゅうえん)の地というわけではない。死後、自らが人工魚礁になりたいと望む人もいるのだ。そんな人々のために、海中葬を手掛ける葬儀社がいくつも登場しているが、葬儀業界の中ではまだごく限られた“すき間市場”に過ぎない。

 海中墓地「ネプチューン・メモリアル・リーフ」を運営するジム・ハツラーは、ある春の日の朝、マイアミビーチから7キロの沖合にある、水深12メートルの海底に建設した墓地に私を案内してくれた。ハツラーがダイバー用のナイフで墓碑にこびりついた海藻を取り除いている間、私は墓地を見学した。墓地はまだ建設の初期段階で、完成すれば、広さ6.5ヘクタールになるという。

 濁(にご)った海水が、奇妙な廃墟のような雰囲気の墓地に、ひときわ幻想的な趣を添えていた。左右に向かって弧を描くように柱廊が延び、形の崩れた円柱が林立している。朽ちかけた鉄製の門を守っているのは、一対の巨大なライオンのブロンズ像だ。

 ネプチューン・メモリアル・リーフはもともと、アートプロジェクトとして始まった。海の底で朽ちていく廃墟を題材に、ロマン主義絵画のような芸術作品を人知れぬ場所に作るという企画だった。海中葬はこのプロジェクトの運営資金をまかなうために行われるようになり、現在までに約200人がここに“埋葬”された。

 ネプチューン・メモリアル・リーフに埋葬される遺体はまず火葬される。その遺灰をセメントに混ぜ合わせて、円柱の内部に埋め込んだり、ヒトデやノウサンゴをかたどった造形物を作るのだ。私はイサキやオヤビッチャ(スズメダイの仲間)、アオブダイなどの魚たちとともに海中を泳ぎながら、海中墓地を見て回った。

 一時、泳ぐのをやめて巨大なライオン像を観察した。魚の群れが時折、目の前をよぎって視界をさえぎる。高い台座の上に載ったライオン像は、体高が4.5メートル以上もある。たてがみはサンゴで覆われ、かぎ爪の間には赤い海藻が繁茂している。ここに据えられてまだ6年しか経っていないというのに、もう長い間、人々から忘れ去られていたかのような風格が漂っていた。安っぽい作り物に見えても不思議ではないのに、そのライオン像はむしろ、命を失った人間をはじめ、あらゆる物質を自らの内に取り込み、再び新たな生命を育む、母なる海の大きな力を象徴しているかのようだった。

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