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トンブクトゥ探訪記

JANUARY 2011


 アイシャはバッグからきっちり折りたたんだ紙片を5枚取り出し、写真の隣に並べた。写真には、歯を見せて笑った若者が写っている。白人だが、アラブ風の青いローブを着て、頭には藍色のターバンを巻いている。「彼がデビッドよ」とアイシャは言った。

 二人が知り合ったのは2006年12月。AQIMと戦うマリ軍兵士を訓練するため、米国が特殊部隊を派遣した時だ。その隊員としてトンブクトゥにやってきたデビッドは、たまたま道を歩いていたアイシャを見て、なんてきれいな子なんだと通訳に漏らした。

 やがて屈強な米国兵とマリの美しい娘は恋に落ち、町の周囲に広がる砂丘にピクニックに出かけたり、浅瀬に集まるカバを眺めにニジェール川までドライブするなど、デートを重ねるようになった。アイシャは、楽しかった日々を思い出すうちに目が潤んでくる。彼女はいったん話をやめて涙をぬぐった。

 アイシャの両親もそれぞれ異なる文化の出身だ。母方の祖先はソンガイ族の知識階級で、トンブクトゥに学問的な素地を築くのに貢献した。父親はフラニ族で、19世紀初頭にトンブクトゥを支配し、イスラム法をこの地に定着させた勇猛な戦士の血を引いている。だからアイシャにとって、自分とデビッドの関係も、異文化が混ざり合ってきた伝統の延長線に過ぎなかった。「人と人を引き合わせるのは、アラーのおぼしめしだもの」

 知り合って2週間後、デビッドはアイシャに、米国で一緒に暮らそうと誘った。その話を聞いたアイシャの叔父は、彼女と結婚したいのならイスラム教に改宗しろとデビッドに迫った。驚いたことにデビッドは了承した。

 そしてクリスマスの3日前、デビッドは消灯後に兵舎をこっそり抜け出し、アイシャの兄弟の一人と落ち合って、宗教指導者であるイマームのもとに向かった。

 デビッドは通訳を介しながら、イマームの指示に従い、メッカの方角に向かってひざまずいてシャハーダ(イスラム教の信仰告白)を3回唱えた。「アラーのほかに神はいない。ムハンマドはアラーの使徒である」。そしてイマームはデビッドにコーランを授け、1日5回礼拝をして、アラーの道を探究せよと指導した。

 兵舎に戻ると、上官たちが待ち構えていた。デビッドは規則違反で懲罰房に送られ、その後1週間、同僚との接触も禁じられた。むろんアイシャに会うこともできなかったが、監視の目をかいくぐって3通の手紙を出した。そのうち1通はこんな文面で始まっている。「最愛の人よ、あなたに平安がありますように。きみを愛している。ぼくはイスラム教徒だ……」。手紙はさらにこう続く。「今は米軍の宿舎を出られないが、それはたいしたことじゃない。ぼくをアラーから引き離したり、きみへの愛を止めたりすることは、軍の連中にもできやしない。アラー・アクバル(神は偉大なり)。ぼくは金曜に国に戻る」

 アイシャはそれから彼に会っていない。デビッドは米国から2回電子メールを送ってきた。最後のメールにはイラクに派遣されると書いてあった。アイシャはその後もメールを送り続けたが、1カ月ほどすると不着になり、エラーメッセージが返ってくるようになった。

 話しながら涙が手紙に落ちているのに気づいたアイシャは、涙を紙に塗り込めるように手で伸ばすと、手紙を丁寧にたたんだ。彼女は今後も、デビッドからの連絡を待ち続けると言う。

 私は何とかして彼女を元気づけようと、軽い冗談を言った。歴史家のアブデル・カデル・ハイダラに手紙の存在を知られないよう気をつけて。それだってトンブクトゥの貴重な手稿だから、彼は欲しがるかもしれないよ。するとアイシャはまた涙をぬぐった。

 「デビッドと一緒になれるなら、手紙をあげたってかまわないわ」

 私がトンブクトゥを離れて1カ月後、フランス政府の圧力を受けたマリ当局はAQIMの容疑者4人を釈放し、フランス人男性は解放された。イタリア人夫婦と援助団体のスペイン人も解放されたが、両国政府が相当額の身代金を払ったと言われている。

 だがその後、AQIMは6人のフランス人を誘拐し、一人を殺害した。この記事を書いている時点では、残りの5人はまだ砂漠のどこかに捕らわれたままだ。トンブクトゥのマラブーは家族もろとも姿を消した。どうやらベラウエの専属として雇われたらしいという噂が広まっている。

 イラクにいるデビッドにメールを出したら、数日後、返事が来た。「あの時は耐えがたいほどつらかった。今でも夢に見るほどだ。向こうで出会った人々のことは、忘れるどころか、思い出してばかりいるよ」

 デビッドは生きている。私はアイシャに電話でそう知らせた。数カ月前のことだ。それ以来デビッドからは連絡がないが、アイシャは何か情報がないかと私に電話をかけてくる。電話の向こうの彼女の声は、塩を運搬するトラックの轟音(ごうおん)にかき消されることもある。時には子供たちの遊ぶ声や、礼拝の時間を告げる歌が背後に聞こえたりもする。アイシャは話しながら泣きだしてしまうこともあるが、私が彼女に伝えられることは何もない。

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