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トンブクトゥ探訪記

JANUARY 2011


 塩商人によると、AQIMはフランス人男性の人質と引き換えに、昨年マリの警察に逮捕された同志4人の解放を要求しているという。期限は4週間後だ。

 なぜマリ軍はテロリストに攻勢をかけないのだろうか? 私はそう塩商人に尋ねた。彼は火のついた煙草の先で、通りを何本か隔てた辺りを指した。つい数カ月前、そこでマリ軍の大佐が殺されたという。しかも自分の子供たちの目の前で。「トンブクトゥの住民は皆、その銃声を聞いたよ。ベラウエはあらゆるところに目を光らせている」と、塩商人は静かな口調で語り、思い出したようにこうつけ加えた。「あなたがここにいることも知っているはずだ」

手稿に魅せられた男

 トンブクトゥの中心部を通って、アブデル・カデル・ハイダラという人物の家に向かった。アスファルトの道は、砂漠から吹く砂でほとんど埋まっている。泥れんがの家々は今にも壊れそうだ。

 この町の住民たちは皆、用心深い。車が通るたび、サッカーをしていた子供たちも、かまどに火をおこしていた女たちも、市場にいる男たちも、こちらを凝視して誰が乗っているのか確かめようとする。「町にどんな人間がいるか知っておくことが重要なんです」と、運転手が説明した。観光客や塩商人なら商売のチャンスだし、そうでない人間は面倒の種になる。

 ハイダラはトンブクトゥの著名な歴史家だ。彼は石造りの中庭で私を出迎えると、アフリカで最初に民主主義が実現した証拠をお見せしようと言った。マシナ帝国の首長へ使者が送った書簡だ。ハイダラはほこりの積もった革のトランクを何十個も動かした。中には貴重な手稿が詰まっている。革ひもを外してトランクを開けると、ハイダラは中身を丁寧に吟味し始めた。なめした革とカビのにおいが鼻をつく。

 ハイダラは“書かれた言葉”に取りつかれた男だ。書物は自分の魂そのものであり、トンブクトゥを救うのも書物だと信じている。言葉こそが、社会のまとまりを保つ力を生み出すのだと、ハイダラは力説する。コーランしかり、聖書や憲法しかり。親が子供たちに書いた手紙や遺言状から、さらには祝福や呪(のろ)いの言葉まで、長い歴史をかけて蓄積された幾千という言葉が、人々の生活の隅々まで浸透している。「トンブクトゥにしかない書物もあるんですよ」と、ハイダラは誇らしげに言う。その口調からして、彼はこの自説をあちこちで披露しているようだ。

 だがそんなことが言えるのも、トンブクトゥ最大の手稿コレクションを彼の一族が管理してきたからだろう。古くは11世紀のものまであるコレクションは2万2000点にも上る。金の装飾が施されたり、色鮮やかな模様が描かれたものもある。内容も実にさまざまだ。口実や策略だらけの日記や、君主と総督がやり取りした書簡、イスラム神学や法学の論文、科学的な記述、占星術の占い結果、病気の治療法、アラビア語文法、詩、格言、呪文(じゅもん)……。さらに商品の領収書や、ラクダの頭数記録、隊商の在庫目録まである。ハイダラはそんな紙の束に埋もれて、何時間でも過ごしていられる。細部を堪能しながら、遠い過去に思いをはせるのだ。

 ハイダラが所有する手稿をはじめ、トンブクトゥに伝わる文字記録からは、この町の往時の姿がモザイクのように浮かび上がってくる。トンブクトゥは、サハラ砂漠の交易ルートとニジェール川という、二つの大動脈が交差する中継地だ。この地理的条件がトンブクトゥに途方もない富をもたらした。遠くはグラナダ(スペイン)やカイロ(エジプト)、メッカ(サウジアラビア)から運ばれてきた布地や香辛料、塩が、アフリカ内陸部の金や象牙、奴隷と取引された。大きなモスクが建設され、豊かな町に魅了された学者たちが集まってきた。彼らは協会を組織し、イスラム世界各地から書物を買い集めた。町の教師や、その後援者たちは、新しい本が届くたびに写本を作らせ、個人の蔵書に加えていった。

 だがやがて、トンブクトゥは没落する。きっかけは、この町の豊かな“知の遺産”の価値に征服者の一派が目をつけたことだった。トンブクトゥはもともと、1100年頃に遊牧民のトゥアレグ族が一時的な野営地を設置したことから始まったのだが、それ以降、マリの歴代皇帝やソンガイ族、マシナのフラニ族と、支配者が次々と入れ替わっていった。1591年にこの町を占領したモロッコ軍勢は、書物を強奪し、優秀な学者を拉致してスルタン(イスラム教国の君主)のもとに送り込んだ。こうしてトンブクトゥの貴重な書物は散失していく。かろうじて残った蔵書は、泥れんがの壁の中に隠されたり、砂漠に埋められたが、運ぶ途中で紛失したり、破損したものも少なくなかった。

 現在では、世界各国の政府と民間組織の寄付によって、トンブクトゥに伝わる手稿を収集・修復し、デジタル化する最新鋭の図書館が3カ所建設された。歴史家のハイダラは、そのうちの一つで館長を務め、一族の膨大なコレクションの多くを図書館に収蔵した。

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