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トンブクトゥ探訪記

JANUARY 2011

文=ピーター・グウィン 写真=ブレント・スタートン

西アフリカ・マリのトンブクトゥは、中世には多数の学者を引きつけ、塩や金の交易拠点として栄えた。だが今は貧困と治安の悪化に苦しむ。

塩商人

 いにしえの交易都市トンブクトゥ。西アフリカのマリにあるその町で、私はある塩商人に会った。案内されたのは住居の屋上だ。彼は、北部の砂漠でテロリストに誘拐されたフランス人男性の情報を持っているという。

 塩商人のトラック隊は、砂漠を定期的に往復している。アルジェリアとの国境近くにある鉱山に物資を運び、重たい岩塩の塊をトンブクトゥに持ち帰るのだ。誘拐事件が頻発するせいで、伝説の都市トンブクトゥの観光業はすっかり衰退した。砂漠を行き来する塩商人は、そのあたりの実情を知っているかもしれない。

 アラブ人街の一軒の家に着いたのは、その日最後の礼拝が終わった後だった。石段を上って屋上に出ると、塩商人がクッションに座っていた。丸々と太った体つきだが、隣にいる大男と比べると小さく見えた。大男は立ち上がると、両腕を広げて私を出迎えた。ターバンで顔と頭をすっかり覆い、目だけ出している。私の手は彼の大きな手にすっぽり隠れてしまった。

 私たちは儀礼的なあいさつを長々と交わした。トンブクトゥではこれを済ませないと本題に入れない。「あなたに平安あれ」「あなたにも平安を」「ご家族はお元気ですか?」「家畜はよく肥えていますか?」「お体は変わりなく?」「アラーをたたえよ」―だがあいさつが終わっても、商人は黙ったまま。代わりに、大男が羊皮紙の文書を出してきて説明を始めた。この文書は何世紀も昔にメディナの隊商が持ち込んだもので、コーランの一節が記されていると言う。

 「かつてトンブクトゥでは、黄金や奴隷よりも書物が珍重されていました」。大男は人さし指を立てて力説し、アラビア語で書かれた内容を朗読し始めた。塩商人が通訳してくれる。「人間どもは、『信じます』と言いさえすれば試されることはないと考えているのか? 我々は昔から人間を試してきた。おまえたちの言うことが本当か嘘(うそ)か、アラーはすべてご存じだ」

 それが誘拐されたフランス人と何の関係があるのだろう。だが大男は話を続ける。「どうです、この美しい筆記文字」。黄ばんだ羊皮紙には、色あせてはいるが赤と黒のインクの繊細な文字が並んでいる。男は一瞬の間を置いて、「手頃な値段でお譲りしますよ」と言った。しかし、私が丁重にお断りすると、大男はゆっくりとうなずき、羊皮紙を抱えて石段を下りていった。

 塩商人は煙草(たばこ)に火をつけると、大男の事情を説明し始めた。あの羊皮紙は、彼の母方の祖先から代々受け継がれてきたもので、本当は売りたくないが、金に困っているのだという。「彼は観光ガイドの下で働いているんだが、仕事がないんだよ。砂漠で起きている問題が、私たちを苦しめているんだ」

 それから塩商人は、ようやく例のフランス人男性の消息に触れた。「“ベラウエ”が期限を設定したと聞いているよ」

 トンブクトゥ滞在中、私は幾度となく、地元の人々にこう懇願された。この町は安全だから、欧米人にもっと観光に来るよう伝えてくれと言うのだ。だが欧米諸国は10年近く前から、トンブクトゥおよびマリ北部を危険地域に指定して、立ち入らないよう自国民に指導している。テロリスト集団や反政府組織、密輸団が暗躍していて、フランス国土の3倍もある広大な砂漠は、完全な無法地帯と化しているからだ。

 なかでも悪名高いのが、モフタル・ベルモフタル率いる「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM)」だ。アフガン紛争でソ連軍との戦闘中に片目を失ったベルモフタルは、砂漠では“ベラウエ”の名で知られる。アルジェリア系フランス語のスラングで「片目」という意味だ。

 2003年以来、AQIMが誘拐した欧米人は47人。2009年までは、個別の取引により人質は皆解放されたが、ある時、英国が条件を拒否したため、英国人観光客のエドウィン・ダイヤーが処刑された。斬首だったと地元ではささやかれている。

 私がトンブクトゥに入る数週間前には、ベラウエたちはまた新たな人質を捕まえていた。援助団体のスペイン人職員3人とイタリア人の夫婦、それにフランス人男性である。

 「ベラウエは知恵が回るやつなんです」。塩商人の語気が強くなる。ベラウエはアラビア語を話す有力部族の族長の娘と結婚することで、砂漠での身の安全を確保したという。マリ軍の警備隊が砂漠で立ち往生した際には、燃料とタイヤを分けてやったという噂(うわさ)もある。そんな話が広まっているおかげで、トンブクトゥでは少数派に属するアラブ系住民の中には、ベラウエの支持者が多い。しかし主流派であるトゥアレグ族やソンガイ族からは嫌われている。

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