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新シリーズ
70億人の地球

JANUARY 2011


 避妊手術は今のインドで主流の避妊法で、女性が受けるケースが圧倒的に多い。政府はこの現状を変えようとしている。男性が受ける精管結紮(けっさつ)(いわゆるパイプカット)はメスを使わず、女性が受ける卵管結紮よりも、はるかに手術代が安く、簡単な処置で済む。

 ボルタムリは手早く施術した。「麻酔注射なんて、アリにかまれた程度の痛みですよ」。局所麻酔で一人目の患者がたじろいだとき、そう言って安心させた。「そのあとの手術は、痛みも出血もほとんどありません」。はさみのような器具で陰嚢(いんのう)に小さな穴を開け、右の精巣から白いひものような精管(精子が運ばれる管)の一部を引っ張り出し、その両端を黒い糸で縛ってから精管を切断し、再び皮膚の下に戻す。

 手術は7分足らずで終わり、患者は歩いて病院を後にした。パイプカット手術を受けた男性には、労働者の1週間の賃金に当たる1100ルピー(約2000円)が政府から奨励金として支給される。

 インド政府は、人口の増加を危ぶむ声が最も高まった1970年代にも、パイプカット手術を推進しようとした。当時のインディラ・ガンジー首相とその息子サンジャイは、人口増は国家の非常事態に当たるとして、政府の権限で国民に避妊手術を受けさせようとしたのだ。1976年から77年までに手術件数は3倍に増え、800万件以上に達したが、うち600万件余りがパイプカットだった。

 数値目標を達成するため、当局の家族計画担当者にはノルマが割り当てられた。一部の州では、避妊手術を受けないと、住宅などの公的補助が受けられなくなった。警官が貧しい人々を捕まえて、強制的に避妊手術を受けさせるといったやり方までまかり通った。

 こうした行き過ぎがあったために、家族計画そのもののイメージが悪くなった。「その後の歴代の政権はこの問題に触れたがらなくなりました」と国立人口安定化基金(NPSF)の元理事長シャイラジャ・チャンドラは話す。

 それでも、中国ほど急速なペースではないが、インドでも出生率は下がった。今では、一人の女性が産む子供の数は全国平均で2.6人で、エーリックが訪れた当時の半分以下になっている。北部の一部の州を除いて、出生率はすでに人口置換水準以下になった。

 南西部のケーララ州では、州政府が公衆衛生と教育に力を入れたおかげで、出生率は1.7に下がった。専門家によると、この成功の鍵を握ったのは、女性の識字率だ。ケーララ州では90%前後で、インドでは抜きん出て高い。学校に通うことで出産年齢が高まる傾向があるほか、教育を受けた女性は避妊にさほど抵抗がなく、避妊の知識や情報も得やすい。

北部では「産んで一人前」

 ケーララ州の取り組みは成功例として各国から注目されているが、デリーのすぐ南の一帯、「ヒンディーベルト」と呼ばれる北部の貧しい諸州では広まっていない。

 この一帯にあるラージャスターン州、マディヤ・プラデーシュ州、ビハール州、ウッタル・プラデーシュ州は今でも出生率が3~4で、この地域がインドの人口増加分の半分近くを占めている。女性の半数以上が読み書きができず、多くは法律で婚姻が認められる18歳より前に結婚する。この地域では、女性は子供を産まなければ一人前に扱ってもらえない。しかも男児が歓迎されるため、男の子が生まれるまで次々に子供を産む。

 ケーララ州の事例に代わるものとして、南部のアーンドラ・プラデーシュ州の取り組みが注目されている。この州では、70年代に「避妊手術キャンプ」が導入された。学校などに仮の手術室を設け、そこで避妊手術を受けさせるというものだ。その後は病院で実施されるようになったが、避妊手術を受ける人は今も多い。おかげで1990年代の初めからわずか10年間で、出生率は3前後から、2を下回るまでになった。ケーララ州とは対照的に、この州の女性の識字率は今でも50%程度にとどまっている。

 NPSFの現理事長アマルジット・シンは、ヒンディーベルト地帯の4大州がアーンドラ・プラデーシュ州のやり方を採用すれば、4000万人の出生が避けられたとみる。病院での避妊手術を奨励する政策がインド全土に広がれば、2050年のインドの人口は16億人ではなく、14億人に抑えられるとシンは考えている。

 一方、インド人口財団のアンダらはこのやり方に批判的で、当局の担当者にノルマを課して住民に避妊手術を受けさせたり、奨励金を支給したりするやり方に異議を唱えている。必要なのは、特に農村部で医療の質を高めることであり、子供を何人つくるかは夫婦それぞれの選択に任せるべきだというのだ。

 インドでも都市部では、多くの夫婦が欧米人と同様に子供の数を自分たちで決めている。ニューデリーの国立応用経済研究所の上級研究員ソナルデ・デサイが、デリーで働く5人の女性を紹介してくれた。彼女たちは、子供を私立学校に通わせ、家庭教師をつけるなど稼ぎの大半を教育費に注ぎ込み、子供は一人か二人しか産まないと決めている。デサイの研究チームがインド全土の4万1554世帯を対象に行った調査によれば、都市部では、一人っ子の家庭はまだ少数派ながら、確実に増えつつあるという。「親が子供の教育にどれだけ力を入れているか、驚くほどです。だから出生率が下がっているのかと、納得できました」

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