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シリーズ
地球と、生きる
アラスカの選択
――サケか、鉱山か

DECEMBER 2010

文=エドウィン・ドッブ 写真=マイケル・メルフォード

界有数のベニザケの漁場である、米国アラスカ州のブリストル湾。自然豊かな極北の地で、金鉱山の開発計画が持ち上がっている。

 米国西部で失われたあらゆるものが、アラスカには今も残っている。驚くべき大自然にあふれ、まだ人間の欲望にほとんど荒らされていない北の大地は、新参者には無限の可能性を秘めているように思える。低空飛行をするセスナ機の窓から眺めていると、その思いはいっそう強くなる。私は、元州議会議員でパイロットのリック・ハルフォードの案内で、アンカレジの南西約400キロ、周囲を国立公園や自然保護区に囲まれた一帯を上空から見て回った。そこは、ブリストル湾に流れ込む河川の集水域で、ブリストル湾流域圏と呼ばれている。総面積10万平方キロに及ぶ流域圏を貫く河川は大きなものだけで9本あり、無数の支流が流れ込む様子は太い木が枝を伸ばすようにも見えるし、体中を巡る血管のようでもある。また、多くの地点で地下水面が地表近くまで上がっているため、スポンジのようなツンドラの大地は水をたっぷりと含んでいる。

 私たちのセスナ機はヌシャガック川の源流を目指した。ウッド、イオウィスラ、コクウォックといった川が合流する地点をやり過ごす。はるか右手に、アラスカ最大のイリアムナ湖の西端が見えた。点在するいくつかの集落と、セスナの機影を除けば、周囲に人間の気配はない。森林は手つかずのままだし、ダムや高速道路、発電所もない。開発の手がほとんど入っていないこうした場所が、サケには格好の生息環境なのだ。この一帯は世界最大のベニザケの産卵地であり、マスノスケ(別名キングサーモン)の北米有数の産卵地でもある。もちろんニジマスやカワヒメマスなども数多く生息している。

 いよいよ目的地が近づいてきた。イリアムナ湖の北に広がる豊かな生物相が残る未開の丘陵地だ。ここは、かつてない深刻なジレンマと直面している場所でもある。

 「ここから水が3方向に流れ出ているんです」と、ハルフォードが教えてくれた。東を目指すチュリトナ川は、クラーク湖国立公園の中心にあるクラーク湖へと流れ込む。コクトゥリ川の南北それぞれの支流は曲がりくねりながら北西に向かい、ムルチャトナ川に合流した後、ヌシャガック川へと注ぎ込む。南に下るアッパー・タラリック川はイリアムナ湖に流れ込み、そこからクビチャック川が流れ出て、最後にはブリストル湾に注ぐ。夏の数週間、ブリストル湾には3000万~4000万匹のベニザケが押し寄せる。子孫を残すという本能に突き動かされて、これらの川をさかのぼり、産卵して死んでいくのだ。

 だが、アラスカの自然を代表するのはサケだけではない。これらの川の源流域に驚くべき地質学的な特徴があることが分かった。金と銅の鉱床だ。金の埋蔵量は世界一、銅も世界最大級の可能性がある。現在、2つの企業がペブル合名会社(以下、ペブル社)をつくって、露天掘りと地下採掘の両方で調査を進めている。露天掘りが行われると、その採掘坑の大きさは幅3.5キロ、深さ500メートル程度になると考えられている。

 この鉱山計画は、サケに生計を頼り、サケを何よりも大切に考えている人々にとっては大きな脅威だ。鉱山に起因する水質汚染がサケの漁場を破壊するのではないかと、彼らは恐れている。一方、鉱山関係者たちの主張では、資源採掘産業と野生生物は共存できるし、経済的利益をもたらすという。だが「鉱山対サケ」という単純な構図だけでは、さらに大きな影響を見落としかねない。鉱山開発をきっかけに産業が急速に発達し、ブリストル湾流域圏を一変させる可能性だってあるのだ。

 ベニザケの遡上(そじょう)はすでに始まっていた。アラスカ半島の先端近くにあるポート・モラーでの観測結果によると、シーズン初めの遡上数としては平年並みで、順調に増えつつあるとのことだった。クビチャック川の南に位置するナクネックからヌシャガック川河口のディリンガムまで、ブリストル湾沿岸のいずれの地点でも期待が膨らんでいた。

自然が支える先住民の暮らし

 最初に網を入れるのは、販売目的の商業漁業者ではなく、自分たちが食べるために漁をする生活漁業者だ。先住民ユピックは何千年も前から、サケやカワカマス、コクチマス、カリブー、ムースを捕獲し、ベリー類やタデ科のルバーブを採取して生きてきた。72歳になるユピックの長老、ルキ・アケルコックが「何でも村全体で分け合っている」と話すと、60代後半のボビー・アンドリューがこう続けた。「最初に大物が捕まると、みんなで分け合うんです。その分はお返しとして必ず戻ってきます」

 アケルコックとアンドリューが、ヌシャガック川河口近くにあるルイス・ポイントまでジェットボートで連れていってくれた。そこは、砂利に覆われた細長い岸辺で、目の前の川をサケがさかのぼっていく。潮間帯に位置しているため、川幅は広く、水は濁っていて、場所によって水深が極端に浅くなっている。そこで、アケルコックは慎重にボートを進めた。毎年夏になると、近隣の村人たちがここでベニザケを捕る。まず6月初旬に、サケ科で最大級のマスノスケがほかのサケに先駆けて、ブリストル湾に戻ってくる。待ち受けていた村人たちは網を使ってサケを狙う。網の一方の端を岸に固定して、もう片方を川に引き入れると、水の流れで網が広がる。そこに、泳いできたサケが突っ込み、えらが網目に引っ掛かって逃げられなくなるという仕組みだ。水揚げされたサケは岸に並んだ木造の小屋に運ばれ、女性たちの手で切り身にされて燻製(くんせい)になる。遠い昔から繰り返されてきた光景だ。アラスカが米国の州になるはるか前、ロシア人探検家がキリスト教を広めるはるか前から続いてきた暮らしが、ここでは今も見られる。しかし、2人の長老は、ペブル社の鉱山開発によって、サケが産卵する河川や湖だけではなく、サケに支えられて何世紀も存続してきた文化そのものも危険にさらされるのではないかと恐れていた。「一度失えば、二度と元通りにはできない」。この地の豊かな自然を思いながら、アケルコックはそう言った。

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