/2010年12月号

トップ > マガジン > 2010年12月号 > シリーズ 地球と、生きる アラスカの選択――サケか、鉱山か


定期購読

日経ナショナル ジオグラフィック 翻訳講座 秋期受講生募集中 詳しくはこちら

ナショジオクイズ

Q:写真は14世紀のペストの大流行で亡くなった遺骨。このペスト菌を発見した日本人といえば誰でしょう。

  • 野口英世
  • 杉田玄白
  • 北里柴三郎

答えを見る

ナショジオとつながる



特集

シリーズ
地球と、生きる
アラスカの選択
――サケか、鉱山か

DECEMBER 2010


 彼の言葉を裏付けるのは、米国本土でのサケ漁の現状だ。かつて、本土でもサケ漁が盛んに行われていた。例えば、北西部に位置するコロンビア川流域にはサケの漁場が数十カ所あったが、生息環境の悪化やダム建設、人工孵化(ふか)による遺伝子プールの弱体化、乱獲などで、今では数カ所が残るだけだ。

 一方、ブリストル湾は今もおびただしい数のサケに恵まれている。湾内に仕掛けられた漁網を逃れて、川を遡上するベニザケのうち、少なくとも100万匹がウッド川へと入っていく。この数は、コロンビア川水系全体に戻ってくるサケの10倍に当たる。しかも、米国内に残る遡上河川の大半では人工孵化の個体が含まれているが、ウッド川のサケは完全に天然なのだ。

 本土とブリストル湾流域圏を比べた時、サケの数にこれほど大きな差があるのは、生態系の保全状況の違いだけでは説明できない。ブリストル湾流域圏では、当局によって、刺し網の長さや漁業許可証の発行数、商業漁船の全長などが制限されている。しかし、サケ資源を管理する上で最も効果を上げているのが、「遡上確保数」の厳格な運用だ。サケの産卵地となる主な河川を遡上するサケを毎日数え、商業漁業や生活漁業、スポーツフィッシングで捕獲してよい数を決定するのだ。目標とする確保数は、長期的な観測結果に基づいて設定されている。アンドリューの言葉を借りれば、「絶対に戻って来る」ことを保証する数だ。例えば、2009年のクビチャック川におけるベニザケの目標確保数は265万匹で、ブリストル湾流域圏全体では875万匹だった。

 ベニザケの漁期である6月中旬から7月下旬まで、漁を行う人は潮の干満に合わせて生活をする。サケは干満のサイクルに導かれて川をさかのぼるからだ。ヌシャガック川を目指すサケを狙ってエクックの海岸に網を張るボウカー家の人々や、ブリストル湾に漁船を出すエベレット・トンプソンなどの商業漁業者は、州当局者がラジオで発表する解禁時間にしか漁ができない。解禁されるのは日に1、2回で、時間はそれぞれ6時間ほど。しかし、何日も禁漁が続くこともある。いったん漁が始まると、気が狂いそうなほど忙しくなるが、熟練の腕を持ち、幸運に恵まれれば、うれしい結果が待っている。

 「まるでクリスマスの朝みたい!」と、海岸で網を引いていたアイナ・ボウカーが歓喜の声を上げた。網の中で水しぶきを上げる大量のサケを見て、クリスマス・プレゼントを連想したようだ。この解禁時間中に、アイナの家族は網を2つ仕掛けて、合計8トンのサケを捕まえた。そして、湾の反対側では、エベレット・トンプソン率いる流し網漁船も大漁に沸いていた。このシーズン、トンプソンたちの漁獲量はそれまでで最高の100トンに達する勢いだった。

 トンプソンもアイナ・ボウカーも生活漁業者の出身だが、現在はもっぱら商業漁業を行っている。トンプソンはベニザケ漁だけで自分と娘の生活費を稼ぎ出し、禁漁期はムースやカリブーなどの野生動物を仕留めて食料の足しにする。ボウカー家は小型飛行機を利用したタクシー業と建設業を営んでいて、サケ漁の収入の一部は子どもたちの学資に積み立てている。

鉱山開発は何をもたらすか?

 だが、ブリストル湾流域圏のすべての住民が豊かな生物資源の恩恵を享受できるわけではない。河口近くの漁場から遠く離れたペブル社の鉱床周辺では、食料や燃料の値段が驚くほど高く、安定した働き口もほとんどない。イリアムナで宿泊施設を経営する68歳のマートル・アネロンによると、州外から来た企業で地域住民の生活に関心を示したのはペブル社が初めてだという。「ほかの連中は金もうけしか考えていません」と、彼女は話した。「連中」とは、スポーツフィッシング客を相手にするロッジ経営者のことだ。彼らは釣りのシーズンしかここに滞在しない。「地元の人間を雇わないし、私たちから物を買うこともないんです」

 アネロンの娘で、イリアムナ開発公社の代表を務めるリサ・ライマーズも関心を寄せている。「よそ者は、私たちを昔の暮らしに戻したいんです」。鉱山反対派には、生活するのに必要な収入のことを棚上げして、伝統的な自給自足の暮らしを守るんだという感傷的な見方を強調する人もいるという。確かに、イリアムナ湖周辺の住民は現在も生活漁業を行っている。アネロン自身、町の外れに網を仕掛けているし、それを支える自然環境を大切に思っている。しかし同時に、トラックや住宅のローンもあれば、医療費の支払いもある。子どもを大学にもやりたい。ライマーズは鉱山開発で働き口ができることを歓迎しているが、それに対して非難されることもある。「でも、その人たちはどんな手段を用意してくれるというの? ペブル社がなければ、私たちはどうにもならないのよ」

Back2next

年間購読のお申込はこちら

ナショナル ジオグラフィック バックナンバー