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特集

チンパンジーを見つめた50年

OCTOBER 2010


ゴンベを次々と襲った困難

 ゴンベでの50年に及ぶ研究活動は、痛ましい出来事によって中断されたこともあった。1975年5月19日の夜、米国人の青年3人とオランダ人女性が、タンガニーカ湖対岸のザイール(現コンゴ)からやってきた反乱軍兵士に拉致されたのだ。結局、4人の人質は解放されたが、残念ながら、この事件をきっかけに外国人研究者がゴンベで調査するのは困難になった。ジェーン自身、その後何年かは、護衛の兵士の同伴なしではこの土地で研究ができなかった。だが幸いにも、タンザニア人のスタッフがデータ収集の仕事を引き継いでくれた。現在も、ゴンベではタンザニア人研究者のガボ・パウロの指揮の下、20人の現地スタッフがチンパンジーのフィールド研究とデータ収集にあたっている。

 ゴンベの直面した困難は紛争だけではない。チンパンジーの群れの間で起きた抗争がむごたらしい事態に発展したこともあった。1974年、ゴンベの中心的な研究地域、カサケラに暮らすチンパンジーの群れが、カハマと呼ばれる土地に暮らす、より少数で下位の群れに繰り返し攻撃を仕掛け始めたのだ。ゴンベの記録では「4年戦争」と呼ばれているこの襲撃で、何頭ものチンパンジーが死亡。カハマの群れは消滅し、その生息地はカサケラに併合された。

 群れの内部でも、雄のチンパンジーは最優位の地位をめぐってさまざまな駆け引きや激しい争いを繰り広げるが、雌のチンパンジーもライバルの母親の子供を殺す場合がある。「ゴンベで研究を開始した時、私はチンパンジーが人間よりも心優しいと考えていた。でも時がたつにつれ、そうではないことがわかってきた。彼らは時に、実に残忍な行動をとる」と、ジェーンは述べている。

 1966年には、ゴンベのチンパンジーの間でウイルス性の疫病が広がり(近隣の人間から伝染したポリオだと思われる)、6頭のチンパンジーが死亡したり、行方不明になった。別の6頭は、四肢の一部が麻痺(まひ)した。さらに2年後、呼吸器系の伝染病が広がるなか、灰色ひげのデビッドと4頭のチンパンジーが姿を消した。1987年の初めには、さらに9頭が肺炎で死亡した。チンパンジーが、人間の媒介する病原菌に簡単に伝染することを示すこれらの事例を見れば、ゴンベの研究者たちが伝染病について神経をとがらせる理由も理解できる。

 伝染病に対する懸念は、ゴンベ国立公園の外の環境の変化によりさらに高まっている。近隣に住む村人たちは、普通の暮らしを営むために、丘陵地を開墾し、草地の野焼きも行ってきた。その結果、1990年代の初めにかけて、森林伐採と地表の浸食が進み、公園は周囲から隔絶された陸の孤島となった。三方では森林が途切れ、残る一方はタンガニーカ湖に阻まれている。

 ゴンベ国立公園には現在、約100頭のチンパンジーが生息しているが、これは長期にわたって健全な群れを保つことができない数だ。近親交配による悪影響から群れを守ることもできないし、強力な伝染病が発生したら持ちこたえられないだろう。この事態に対し、ジェーンは、森林再生プロジェクト「タカリ」を設立。1995年には24の村に養樹場を設け、ゴンベと周辺に点在する森を再び結びつける活動を続けてきた。

 ゴンベを訪れた2日目、私は、1970年代の初めからジェーンが何度か暮らした家から延びる山道の近くで、チンパンジーの群れと出合った。チンパンジーたちはのんびりと朝食用の餌を探して、斜面をあちらこちらと移動していた。彼らは、たいていは地面をゆっくりと歩いていたが、時折、木によじ登っては実を食べる。私やタンザニア人の研究者たちには関心がないように見えた。

 この群れの中には、名前がついていたり、血縁関係がわかっているものが少なくなかった。グレムリン(ジェーンが初めてゴンベに到着した時に出合った若い雌メリッサの娘)のほか、グレムリンの娘のガイア(生まれたばかりの子供がしがみついていた)、ガイアの妹のゴールデン、パックス(ほかの母親の子供を殺して食べる残忍さで知られたパッションの息子)、ファッジ(ジェーンの初期の著作に登場する特異な形の鼻で知られるフローのひ孫)もいた。さらに、15歳になる大きな体をした雄で、実力と地位の頂点を極めつつあるタイタンもいた。

 ゴンベ国立公園では、チンパンジーに近づかないことが規則になっているが、チンパンジーのほうから人間に近づいてくることもある。この時、堂々たる体格をしたタイタンが、自信たっぷりにのしのしと山道を登ってきた。私たちが端に身を寄せて道を譲ると、タイタンはわずか数センチの距離を通り過ぎていった。タイタンは生まれてからずっと、ノートとチェックシートを手にした研究者たちの姿に慣れているので、人間を警戒しないのだ。

チンパンジーを襲う伝染病

 チンパンジーたちの無警戒ぶりは別の面でもうかがえる。私たちの立っている場所からほど近い山道で、グレムリンが大便をし、ゴールデンも後に続いた。彼らが立ち去ると、ピンドゥという研究者が手に黄色いゴム手袋をはめ、糞(ふん)を採取しにいった。彼はオリーブの実のような暗緑色をした、繊維質を多く含むグレムリンの糞の上にかがみ込み、プラスチック製の小さなへらで少量の糞をかきとる。そして糞のサンプルを試験管に入れ、採取時間と日付、採取場所、グレムリンの名を記したラベルを張った。このサンプルを後に遺伝子分析するため、チューブの内部には組織中のRNAを保存するための特別な試薬が入っている。こうして毎月、できるだけ多くのチンパンジーの糞のサンプルが試験管に収められ、米アラバマ大学にある、ベアトリス・ハーンの研究室に送られる。ハーンは10年前から、サルや類人猿を宿主とするサル免疫不全ウイルス(SIV)を研究している。

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