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原油流出の傷跡

OCTOBER 2010

文=ジョエル・K・ボーン Jr.

国史上最悪の事態となった原油流出事故。周辺の海域、湿地、動植物、そして人々の暮らしへの影響を現地からレポートする。

 焼けつくように暑い6月のある日、米国ルイジアナ州ホーマにある英国石油メジャーBPの地域オフィスは色違いのベストを着用した大勢のスタッフでごった返していた。石油掘削施設(リグ)「ディープウォーター・ホライズン」の事故後、ここが対策本部となっているのだ。ベストの色がそれぞれの役割を示す。BPの管理職と事故対策顧問は白、回収除去作業の調整を行うスタッフはオレンジ色、連邦と州の環境当局者は青のベストを着用している。“作戦会議室”となった一番広い部屋の壁の巨大なスクリーンには、流出原油の広がりや原油回収船の位置を示したマップが映し出されている。

 対策本部の統括副責任者マーク・プレーンは白いベストだ。彼は30年にわたり、アラスカ州からナイジェリアのニジェール川デルタまで、世界各地で起きた原油流出事故の除去作業に顧問としてかかわってきた。1989年にアラスカ州沖で起きた原油タンカー「エクソン・バルディーズ号」の流出事故でも対策に当たった。このときの“戦友たち”が今回も彼を補佐している。

 海岸から80キロ沖合、水深約1.5キロの海底にあるBPのマコンド油井は、6月にはまだ大量の原油を噴出していた。その量は、エクソン・バルディーズ号級の流出事故が4日に1度起きているのと同じほどだった。流出は、4月下旬に海底の油井から原油が爆発的に噴出したのが始まりだ。制御不可能な「暴噴(ぼうふん)」と呼ばれる状態で、世界でも最先端の技術水準を誇るディープウォーター・ホライズンは爆発・炎上して、ねじ曲がった金属の残骸となり海底へ沈んだ。

 石油業界はそれまで、こうした大惨事はあり得ないと主張し、規制当局も安全性を強調していた。メキシコ湾では、1979年に南西部に位置するカンペツェ湾の浅海域でメキシコの油井、イクストックⅠが暴噴した事故を最後に、大規模な流出事故は起きていなかった。同事故以降、掘削技術は大幅に進歩し、石油需要の高まりを背景に、石油会社は沿岸部の大陸棚から、次第に沖合の深海へと乗り出すようになった。今回の事故が起きるまで、海底油田の開発を規制する連邦政府機関である内務省鉱物資源管理局(略称MMS。今回の流出事故後、組織が改編され、「海洋エネルギー管理規制施行局」と改称された)は、暴噴事故が起きる確率は1%にも満たず、万一事故が起きても、大量流出は防げると主張していた。

 ホーマの対策本部では、1000人以上のスタッフが除去作業の段取りや調整に追われていた。建物の外ではその何十倍もの人が実際に作業に当たっている。白い汚染防護スーツを着た人たちが海岸を見回り、海の様子を調べる飛行機やヘリコプターが上空を旋回する。海の上では漁船を利用した回収船で水面に浮かぶ油を集めて燃やす作業が進む一方、海面の原油を分散させる化学処理剤が大量に散布されていく。流出現場近くでは、油膜に覆われた海に作業船の一団が浮かんでいた。掘削船「ディスカバラー・エンタープライズ号」から巨大な溶鉱炉のような音が聞こえてくる。漏出(ろうしゅつ)の続く油井からメタンガスを回収して燃やす音だ。別のリグからも炎が上がっていた。海底に沈んでいる損壊した防噴装置(BOP)にパイプを取り付け、原油とガスを回収して、やはり燃焼処理を行っているのだ。その近くでは、エビ漁船2隻で耐火性オイルフェンスを曳航(えいこう)し、水面の油を集めて燃やしていた。海面には炎の壁ができ、黒煙がもうもうと立ち込める。これまでに除去作業に投じられた予算は数千億円相当にも上る。それでもまだ数百万バレル(1バレル=約159リットル)もの原油が回収されずに海面を漂い、沿岸部の島や湿地、浜辺に近付いてきた。

 メキシコ湾の水深300メートルよりも深い海底は、油田開発の歴史が浅く、地球上でも最も掘削の困難な場所の一つとされる。大陸棚を過ぎると、海底は急に深く落ち込み、平坦な海盆に海嶺が走る複雑な海底地形だ。だが、商業的に成り立つほど大量の原油が眠る鉱床は海底の下のかなり深い地点にある。海底地震が起きやすい場所も多い。海底の水温は0℃に近いが、鉱床の温度は200℃にも達する場合がある。温めた炭酸水の瓶を振って、栓を抜けば、勢いよく中身が噴出するが、原油の鉱床はちょうどそんな高温・高圧の状態になっているのだ。堆積(たいせき)層の所々には、メタンガスとメタンハイドレート(メタンガスと水分子が結合してシャーベット状になったもので、凍っていても不安定だ)がたまっていて、ガスの噴出が原油の暴噴の引き金となる危険もある。

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