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原油流出の傷跡

OCTOBER 2010


 深海油田の掘削には膨大なコストがかかるため、長年、海底油田開発は沿岸部に限られていた。だが、既存の鉱床が次第に底を尽き、石油価格が高騰を続ける中、沖合で大規模な鉱床が次々と発見されると、世界的な深海油田の開発ブームに火がついた。

 1995年、米国議会はメキシコ湾の深海油田の開発を奨励するための法律を発効させた。96年~2000年に政府が石油会社にリースする深海油田のロイヤルティーを免除するという内容だ。おかげで、水深約750メートルより深い海底油田のリース契約件数は、94年には50件前後だったものが、97年には1100件に跳ね上がった。ちょうど沿岸部にある油田の産油量が底を突き始めた時期に、新しい油田が沖合で操業を開始し、供給量を補った。現在では、メキシコ湾産の原油は米国産全体の3割を占める。そのうち、半分が水深305~1524メートルの深海域、3分の1が1525メートルよりも深い超深海域、残りが浅い海域の油田での生産だ。

 BPのマコンド油井は水深約1525メートルの海底から、さらに3960メートル下に眠る鉱床まで掘り下げているが、取り分け深い油井というわけではない。水深3048メートルの海底からさらに掘り進めて、海面から1万683メートルの深さの鉱床から原油をくみ上げる油井もある。米政府の推定では、メキシコ湾の深海底には、450億バレルの原油が眠っているという。

 技術の進歩で、より深い海底を掘削することは可能になったが、暴噴事故を防いだり、事故後に流出原油を除去する技術は追い付かなかった。21世紀に入ると、石油業界や研究機関などが深海油田開発に警鐘を鳴らし始めた。深い油井ほど暴噴事故の危険性が高まり、防噴装置を設置しても、誤作動する恐れがあるとの報告が相次いだ。しかも、深海では流出が始まると、止めるのは困難で、1日に10万バレルもの原油が噴き出す恐れがあるとのことだった。

 こうした懸念を、規制当局である鉱物資源管理局(MMS)は軽視し続けた。2007年に発表されたMMSの調査報告書によると、メキシコ湾では92年から06年までに1万5000カ所を超える原油と天然ガスの坑井が掘られたが、その間に起きた暴噴事故は39件にすぎなかったという。油井に重い泥水(でいすい)を大量に注入したり、機械的に井戸を遮断したり、危険な「キック」と呼ばれる最初のガスの噴出による泡を逃したりして、暴噴事故の大半は1週間以内に止められたとのことだった。

 MMSの報告書は、暴噴事故そのものは比較的少ないとしながらも、「セメンチング」と呼ばれる作業に関連した事故が目立って増えていることは認めている。掘削作業では、ドリルパイプで井戸を掘り進めながら、井戸の周りを補強するために「ケーシング」という鋼鉄製の管を降ろし、その管と坑井の壁との隙間を塞(ふさ)ぐためにセメントを充填(じゅうてん)する。これがセメンチングだ。

 坑井の掘削作業は油井によっては比較的簡単だが、マコンド油井はそうではなかった。BPはスイスに本拠を置くトランスオーシャン社に掘削作業を委託したが、最初の掘削リグは2009年11月にハリケーン・アイダの被害を受けて使用不能になった。作業開始後わずか1カ月だった。

 2010年2月、リグをディープウォーター・ホライズンに替えて掘削は再開されたが、当初からトラブルの連続だった。3月初めにはドリルパイプが坑井の中でつかえ、掘り進められなくなった。つかえた部分を探すために機器を下ろしたが、結局、ドリルパイプを引き揚げ、障害物を避けて掘り進めることになった。BPが規制当局に出した電子メールが後に公表されたが、そこには「井戸の制御」に問題があることが報告されている。事故の1週間前には、BPの掘削技術者が電子メールで「これは悪夢のような井戸だ」と訴えていた。

 MMSの記録によると、事故が起きた4月20日までにディープウォーター・ホライズンでの掘削作業は予定より6週間遅れていた。工期が延びれば、BPが負担するコストは1日につき4500万円ほどもかさむ。BPは早く掘削を終わらせるために、鉱床と海底の油井上部(ウエルヘッド)の間に長いケーシング・パイプを設置する「ロング・ストリング」方式を採用することにした。通常この方式を採用した場合は、暴噴を防ぐために、鉱床と海底の防噴装置の間に2種類の障壁が設置される。一つは、油井底部に付けられるセメントの栓で、もう一つは「ロックダウン・スリーブ」と呼ばれる、ウエルヘッドを封鎖する金属の蓋(ふた)だ。マコンド油井の場合、暴噴発生時にはロックダウン・スリーブは設置されていなかった。

 さらに、議会の調査員と石油業界の専門家の話では、セメント注入でも手抜き作業が行われていたようだ。通常はセメンチング前に重い泥水をケーシングの周りに循環させ、適度な温度と湿度を与えて養生し、セメントを十分な強度に固まらせるが、マコンド油井では、この泥水の循環が行われなかった。

 また、ケーシングを片寄らないように降ろし、坑井の壁とケーシングの隙間が均等になるようにして、セメントで隙間が完全に塞がれるようにするため、「セントラライザー」という機器が使用されるが、この機器も十分な台数が使用されなかった。さらに、セメントがきちんと隙間を塞いだかどうかを調べるテストも実施されなかったという。最終的に、事故の直前、掘削作業を完了して掘削リグと井戸をつなぐパイプをはずすため、BPは井戸内の泥水をはるかに軽い海水に入れ替えるプロセスに進んだ。これらの問題に関して、BPはまだ調査中だとしてコメントを避けている。

 こうした決定はすべて、当局の定めた基準に違反するものではなかったかもしれないが、BPにとって時間と予算の節減につながる決定であったことは確かだ。コストは減らせても、決定の一つひとつが暴噴のリスクを高めた。議会の調査によれば、4月20日夜、大きなガスの泡がケーシング内に入り込み(おそらくセメントの隙間から入ったようだ)、一気に膨張して井戸内を上昇していくこととなった。

 設計上では、防噴装置が海底まで上がってきたガスを封じ込めるはずだった。重い油圧作動式の刃が両側から飛び出してドリルパイプを切断し、蓋をする仕組みになっていたのだ。だが、誤作動に備えたこの二重安全装置そのものが、油漏れやその他の故障にたたられて機能しなかった。防噴装置を作動させようとする作業員の必死の試みもむなしく、噴き上げる泥水が掘削リグを襲った。

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