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特集

シリーズ 地球と、
生きる
奪われるマダガスカルの資源

SEPTEMBER 2010


にわか景気に沸く

 しかし、2009年の春になって、街の様子は一変する。突如として、アンタラハの通りをバイクが轟音(ごうおん)を立てながら行き交うようになったのだ。タナナリヴ通りのバイク屋ではバイクが飛ぶように売れ、たちまち売り切れとなった。その需要に応えるため、近くに2軒目が開業したが、そちらも大盛況だ。バイクを買っていくのは、痩(や)せた若者たち。その購入資金がバニラ農園で得たものでないことは、アンタラハの人なら誰もが知っていた。違法伐採の木材を満載したトラックが街を出るとき、荷台に積まれた木材にまたがっているのはこうした若者たちだからだ。彼らはマダガスカルで育った貴重なシタンを切り倒して、手っ取り早く金を手に入れている。

 マダガスカル島の面積は58万7000平方キロメートルと広大ではあるが、島であることに変わりはない。島というものはどこでも、それぞれ独自の生態系を有しているものだが、1億6500万年前にアフリカ大陸から切り離されたマダガスカル島は特別で、植物相と動物相のおよそ90%が固有種だ。この世のものとは思えない巨大なニンジンを想起させるバオバブの木や不思議な風貌(ふうぼう)をした多様なキツネザル、鋭くとがった石灰岩が林立する奇岩地帯など、世界のあらゆる事物を見てきた人でさえ、驚くような自然がこの島には存在している。

 しかし、島の人々の暮らしは絶望に支配されている。最大の民族集団であるマダガスカル人は宿命論的なこんな言葉をよく使う。「今日より、明日死ぬ方がましだ」。平均的なマダガスカル人は、1日およそ90円で生活している。

 人口が2000万人を超え、しかも増加率は年3%とアフリカ諸国でも有数の高さとあって、貧しい住民たちが資源豊かな国土を食い物にする動きが日を追うごとに活発化しつつある。危機感を抱いた環境保護活動家たちは、多様な生物相が脅かされているとして、この島を「生物多様性ホットスポット」に指定した。特に、稲田を作るために行われる焼畑農法が懸念材料になっている。2002年、環境問題に理解の深いラヴァルマナナが大統領に就任したことで、マダガスカル島の自然保護は一気に前進すると期待された。しかし、09年春に大統領が軍によって辞職に追い込まれ、憲法に規定された資格年齢にも達していない元ディスクジョッキーが暫定大統領になったことで、活動家たちは落胆した。

 2009年9月、財政が逼迫(ひっぱく)した政府は、00年に定めたシタンの輸出禁止措置を解除した。禁輸期間中も、1日当たり4000万円相当のシタンが違法伐採されていて、そうして切り出されたシタン材の販売が合法化されたのだ。国際社会からの激しい非難を受けた政府は、10年4月に禁止措置を再開したものの、伐採は現在も続いている。

 諸外国も、マダガスカルの豊富な資源を狙っているわけで、道理を説ける立場にはない。森林伐採の例は、人間と自然保護のバランスがいとも簡単に崩れることを教えてくれる。特にここマダガスカルでは、昔から両者の関係は常に不安定だった。金、ニッケル、コバルト、チタン鉄鉱、サファイア(かつては世界市場の3分の1を供給していた)といった鉱物資源は、外国企業が試掘・採掘の権利を独占している。4年前には、エクソンモービルが沖合の海洋油田の探査を開始した。米国の高級ギター・メーカーの中には、貴重なマダガスカル産のコクタンで作った指板を売りにしているところもある。最近になって、マダガスカル政府は韓国企業に耕作地をリースしたり、サウジアラビアに水を売ったりもしている。

 こうした無秩序な天然資源の切り売りでは、失うものが多い割に、一般のマダガスカル人の利益にはほとんどならない。だから、地元の鉱山労働者たちが宝石の原石を略奪してアジアの市場に売り飛ばしたとしてもあまり驚かない。スベヒタイヘラオヤモリや絶滅危惧種のヘサキリクガメといった動物も、零細な業者が海外のコレクター向けに密輸している。アンタラハの若者たちが「明日死ぬ方がましだ」とうそぶけるのも、シタンを運べば、中国人のバイヤーから金をもらえるからだ。

 「経済には良いことだが、自然環境には良くない」と、シタンの違法取引に関与する男性は言う。もっとも、アンタラハの好景気はうわべだけのことだ。マダガスカルの450万ヘクタールに及ぶ森林保護区のうち、1万110ヘクタールもの貴重な森が消失しそうな勢いだし、これにより、キツネザルをはじめとする固有種の絶滅や、土壌流出で河川が埋まって周辺の農地にまで被害が及ぶ危険もある。当然のことながら、観光収入も減るだろう。だが、そうした長期的な問題とは別に、シタン乱伐の影響が早くもアンタラハに現れていた。オートバイの急増による交通渋滞に加えて、魚や米など日用品の価格が上昇し始めたのだ。理由は単純で、漁をしたり米を作ったりする者が少なくなったのだ。

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