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ウナギの不思議

SEPTEMBER 2010


 薫製小屋に戻ると、ターナーはコンクリートブロックで造った二つの小部屋に案内してくれた。塩と黒砂糖、地元産のハチミツに漬けたウナギが竿(さお)につるされ、それぞれの部屋の奥にはドラム缶で作った炉がある。この炉に火をつけて熱と煙を小部屋に送り、ウナギを70~80℃で最低4時間いぶすという。

 裏口を抜け、整然と並べられた薪の横を進むと、木製の水槽がある。巨大なワイン樽(だる)を二つに割ったような形をした水槽は、表面がコケで覆われ、膨らんだ横板から水滴が漏れている。私は澄んだ水をのぞき込んだ。ターナーが網で水をかき混ぜ、500匹ほどの銀色のウナギを刺激する。ほとんどのウナギは直径4センチほど。長いもので1メートルほどあろうか。その姿はしなやかで、官能的で、とても神秘的だ。

 ウナギ(属名 Anguilla)は古代魚の生き残りである。5000万年以上前に進化を始め、16種3亜種に分かれた。サケをはじめとする回遊魚のほとんどは遡河性(そかせい)で、成魚の間は海で暮らし、川などの淡水域で産卵する。だがウナギはその逆。成魚の間は湖や川、河口部などの淡水域で暮らし、海で産卵するという数少ない降河性(こうかせい)の魚の一つだ。一般に雌ウナギは河川の上流で暮らし、雄は河口部にとどまる。個体によっては何十年も川で過ごした後、海に戻り、繁殖活動を終えると死んでしまう。海中でウナギの産卵が目撃された例はまだなく、その繁殖の秘密を解明することはウナギ研究者にとって長年の夢となっている。

 小川や池にいるウナギは外洋、特に北大西洋を時計回りに旋回する海流の南西部分、サルガッソー海に浮遊していた卵からかえったのだと、米国人は生物学の授業で教わる。ウナギが外洋で産卵することがわかっているのは、陸地から何千キロも離れた海面付近に漂っている仔魚(幼生の魚)が発見されたからだ。ウナギの仔魚は透明で、細い頭部とヤナギの葉のような胴体、突き出た歯を持つ。1896年に二人のイタリア人生物学者が、水槽の中でこの仔魚がウナギの稚魚に変態するのを観察するまで、ウナギとこの仔魚は別種の魚と考えられていた。

 ウナギは生まれ故郷の海に命がけで戻ろうとする。私は以前、ウナギを自宅の水槽で飼おうとして、そのことを痛感した。ある夜、私が水槽に入れておいたウナギたちは、翌朝になると台所やリビングルームの床で身をくねらせていた。飛び出さないように水槽の上に金属製の網を張り、重しを載せると、すぐにウナギたちは網に体をこすりつけて傷だらけになってしまった。1匹はフィルターつきの排水口から脱出しようとして死んだ。排水口にも網を張ると、今度は頭をガラスに打ちつけ、やがて発作を起こしたようになって死んだ。それを見て私はウナギを飼うことをあきらめた。

 ウナギたちは驚くべき移動能力の持ち主だ。海とつながっているようには見えない湖や池、地面に開いた穴にも姿を現す。雨降りの夜、池から陸に上がった無数のウナギが、仲間のぬれた体を橋代わりにして近くの川に移動することがわかっている。コケで覆われた垂直の壁によじ登るウナギの稚魚が目撃された例もある。ニュージーランドでは、ネコが草の生い茂る放牧地でウナギを捕らえて家の戸口に持ってくることも珍しくない。

 「一生の間に、こんなに様々な環境を渡り歩く生き物はほかにいないのでは」。写真家のデビッド・デュビレはニュージーランドでの撮影中、そうつぶやいた。「深くて暗い外洋に生まれた魚が、今は放牧地で牛と一緒にいるなんて」

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