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特集

ツタンカーメンの両親は誰?

SEPTEMBER 2010


 では、母親は誰だろうか。驚いたことに、KV35号墓で見つかった「年下の女性」(KV 35YL)とツタンカーメンのDNAが一致した。それ以上に驚いたのは、この女性がアクエンアテンと同様、アメンへテプ3世とティイの娘だとわかったことだ。つまり、ツタンカーメンの両親は実のきょうだいだったことになる。

 これまでに知られているアクエンアテンの妃たち、つまりネフェルトイティと第2王妃のキヤは、ツタンカーメンの母親ではない。歴史的な記録から、この二人はアクエンアテンの実の姉妹ではないことが知られているからだ。

 アメンへテプ3世とティイの間に生まれた5人の娘の名前はわかっている。しかし、そのうちの誰がツタンカーメンの母親かは、おそらく永久にわからないだろう。古代エジプトの王家では、近親婚は珍しくなかった。だが、アクエンアテンと「年下の女性」の近親婚は、息子であるツタンカーメンの早すぎる死を招くことになったと、私は確信している。

若くして死ぬ運命にあった

 解析結果をまとめた論文は『米国医師会雑誌』の2010年2月号で発表された。CTを使った調査と考古学的な記録に基づいた知見と併せて活用すれば、DNA鑑定は古代エジプトの歴史を読み解く強力な手段になる。今回の成果を見て、私はそう確信した。

 何よりも、こうした研究が威力を発揮したのは、ツタンカーメンの死因を探る調査だ。アシュラフ・セリムらはツタンカーメンのミイラのCT画像を再度解析し、それまで見過ごされていた事実に気づいた。若き王の左足は生まれつき足が内側に曲がっている「内反足」で、1本の指は骨が欠け、足の骨の一部は壊死していた。ツタンカーメンの墓からは130本もの歩行用の杖(つえ)やその一部が発見されている。なかには、使った跡がはっきり残ったものもある。

 杖が権力の象徴として使われることはよくあるため、足の損傷はミイラ化の過程でできたとの主張もあった。しかし、私たちの分析で、壊死したあとに新しい骨が形成されかけていた跡が見つかり、足の損傷は生前からあったものだとわかった。さらに、ファラオのなかでツタンカーメンだけが座ったまま矢を射たり、狩りに使う棒を投げる姿がレリーフなどに描かれている。杖は、若きファラオが歩くために必要としていたものだったのだ。

 骨の病気は歩行を不自由にしたが、生命に影響を及ぼすものではなかった。死因を特定するため、ミイラに感染症の跡が残っていないか調べることにした。その結果、マラリア原虫の一種(学名Plasmodium falciparum)のDNA断片が見つかり、ツタンカーメンが重度のマラリアに何度もかかっていたことがわかった。

 では、死因はマラリアなのか。マラリアは悪化すると死に至ることもある重い病気だから、死因となった可能性もある。だが、他の研究者が指摘しているように、当時のエジプトではマラリアが広く蔓延(まんえん)していた。ツタンカーメンも、ある程度は免疫をもっていたはずだ。

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