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ツタンカーメンの両親は誰?

SEPTEMBER 2010


 皮肉にも、そのおかげでツタンカーメンの遺体は現代まで保存されたのだ。死後100年とたたないうちに墓の位置は忘れ去られ、その上に建物ができた。墓は盗掘を免れ、1922年に発見されたときには、ほぼ手つかずの状態で、5000点以上の副葬品が残っていた。それでも、これまでの調査では、この若き王の家系をたどることはできていなかった。

遺伝子で家系を探る

 ツタンカーメンの父と母は誰なのか。その答えを求めて、私たちはツタンカーメン本人と、その直系の親族とおぼしき10体のミイラからDNAを採取し、解析を行うことにした。

 DNAの抽出過程では現代人のDNAが混入するおそれがあり、解析可能なサンプルを取り出すのは至難の業だ。死者の眠りを乱してまでDNA鑑定を行うことに、私は懐疑的だった。しかし、2008年に専門家たちと話し合った結果、技術の進歩はめざましく、有用な成果が得られる可能性が十分にあると確信できた。私たちはDNA鑑定のために、カイロのエジプト考古学博物館の地下とカイロ大学医学部の2カ所に最新の装置を備えた研究室を設けた。併せて、カイロ大学医学部のアシュラフ・セリムとサハル・サリームが中心となり、11体のミイラをCTで詳しく調べることになった。

 11体のうち、4体の身元はわかっていた。1体はツタンカーメン自身で、今も王家の谷に安置されている。あとの3体はアメンへテプ3世と、その妃(きさき)ティイの両親イウヤとトゥヤで、エジプト考古学博物館に展示されている。身元不明のミイラのうち1体は男性で、王家の谷にある謎の墓KV55で発見されたものだ。考古学的な証拠と文字の記録から、アクエンアテンかスメンクカーラーだとみられていた。

 ツタンカーメンの母親と妃を特定するために目をつけたのは、身元のわからない4体の女性のミイラだった。そのうち2体は、1898年にアメンへテプ2世の墓(KV35)内の小部屋で見つかったもので、それぞれ「年配の女性」、「年下の女性」と呼ばれていた。発見時には2体とも遺体を包む布をはがされ、床に放置されていた。おそらく新王国時代が終わったあとの紀元前1000年前後、神官たちが遺体を盗掘から守るためにここに隠したのだろう。あとの2体は、王家の谷の小さな墓(KV21)で見つかった名前のわからない女性のものだった。

 さらに、ツタンカーメンの墓で見つかった2体の胎児からもDNAの採取を試みた。この2体は保存状態がきわめて悪く、あまり期待はもてなかった。だが、成功すれば、ジグソーパズルの欠けていた破片が埋まり、5世代にわたる王家の家系図が完成する可能性があった。

 解析可能なサンプルを得るために、1体につき数カ所から組織を採取した。採る場所は必ず骨の奥深くにする。過去に遺体に触れた古代エジプトの神官や考古学者のDNAが混入しているおそれがないからだ。研究者自身のDNAが混じらないよう、細心の注意を払った。

 採取した組織から、ミイラ化の際に防腐用に使われた軟膏(なんこう)や樹脂を取り除いて、DNAを分離する。防腐剤はミイラによって異なるので、不純物除去の手順もそのつど違ってくる。

 調査の中心となるのはツタンカーメンだ。分離がうまくいけば、透明なDNA溶液ができるのだが、最初にできた溶液は黒く濁ってしまった。防腐剤の正体を突き止めて取り除く方法を編み出すのに、6カ月を要した。こうしてようやく試料を抽出でき、DNA断片を増幅して解析する段階にこぎつけた。

 ツタンカーメンと他の3体の男性ミイラ(イウヤ、アメンヘテプ3世、KV55号墓で見つかった身元不明の男性)からDNAを抽出すると、父親を特定する作業に取りかかった。

 いくつかの碑文で、ツタンカーメンはアメンヘテプ3世を「わが父」と呼んでいる。だが、これは「祖父」または「祖先」とも解釈できる言葉なので、これだけでは父子関係を断定できない。しかも、これまでの研究では、アメンへテプ3世はツタンカーメンが生まれる10年ほど前に死亡したという説が有力だ。

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