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特集

エジプト
クジラが眠る谷

AUGUST 2010


パキスタンからエジプトへ

 1970年代半ば、フィリップ・ギングリッチは図らずもこの謎に取り組むことになった。博士号を取得した彼は、始新世(ししんせい)(約5500万・約3800万年前)の研究をしていた。恐竜絶滅から1000万年がたって哺乳動物が爆発的に増えた時代だ。75年、アジアから北米への哺乳動物の移動を追跡しようと、パキスタンへ渡り、始新世中期の地層を調査し始める。しかし、調べてみると、5000万年前のその場所は陸地ではなくテチス海東端の海底だったことが判明し、ギングリッチは落胆した。その後、77年に動物の骨盤の化石が出土したが、発掘チームは「歩くクジラ」の骨ではないかと冗談を飛ばした。当時、クジラの化石と言えば、現生のクジラと同様に、大きな尾びれをもち、水中で音を聞く高度な構造を備えているとされていた。むろん、後肢などないと考えられていたのだ。

 その2年後、発掘チームのメンバーがパキスタンで頭骨の化石を発見した。大きさはオオカミの頭ほどだが、明らかにオオカミとは異なる特徴があった。頭頂部と側面に帆の形をした骨があったのだ。それが頑丈なあごと首の筋肉を支えていたと思われる。さらに不思議だったのは、頭蓋(ずがい)がクルミほどの大きさしかないことだ。その直後、インドのラクナウとコルカタを訪れたギングリッチは、博物館で原始的なクジラの標本を偶然に見かける。「標本のクジラは頭骨が大きい割に脳が小さかった。そのとき、あの小さな頭蓋のことを思い出したのです」と、ギングリッチは回想する。「あの生物は初期のクジラかもしれないと考えるようになりました」

 ギングリッチは頭骨の化石を硬い母石ごと研究所に持ち帰った。そして、化石を取り出してみると、内耳の鼓胞(こほう)と呼ばれる部分にブドウの実ほどの骨の塊とS状突起が確認できた。この2つはクジラの特徴で、水中で音を聞くために発達した構造だ。ただ、現生クジラと違い、音の方向を判断するための適応が見られなかった。このことからギングリッチは、この化石の生き物は半水生で、浅い海で過ごす時間が長かったものの、休息や繁殖のときには陸に戻っていたのではないか、と結論付けた。

 ギングリッチは、出土地であるパキスタンにちなんで、この原始的なクジラをパキケトゥスと名付けた。これをきっかけに、クジラに対する彼の見方は変わる。「クジラがなし遂げた大規模な環境移行について、ますます考えるようになりました。陸から海へと生息環境を大きく変えていく過程で、クジラの形態がどのように変化したかを探り、その途中の姿をすべて明らかにしたいと思っています」

 1980年代になって、ギングリッチはエジプトのワディ・アル=ヒタンに注目するようになる。妻で古生物学者のB・ホリー・スミスやミシガン大学の同僚ウィリアム・サンダースとともに、パキケトゥスを発見した地層より1000万年ほど新しいワディ・アル=ヒタンの地層でクジラの化石探しを始めた。そこで見つかったのは、バシロサウルスのように完全な水生のクジラと、体長5メートルほどのドルドンの骨格の一部だった。どちらも鼓胞をはじめとする水中聴音への適応があり、体格は脊柱が長く流線型をしていて、筋肉が発達した尾びれを上下に動かして水中での推進力を得ていた。一帯にはクジラの骨格化石がたくさん眠っていた。「ここに来たばかりのころ、至る所にクジラの“幻”が見えた気がしました。しかし、しばらくすると、本当にクジラばかりだと分かったんです」と、スミスは話す。

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