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特集

エジプト
クジラが眠る谷

AUGUST 2010


 作業を終えてキャンプに戻ってきた発掘チームのメンバーたちは、夕食を取りながら情報を交換した。ワディ・アル=ヒタン保護区のチーフ・レンジャーであるモハンマド・サーメは、保護区のさらに東側を調査したところ、多くの骨が埋まっている場所を見つけたと報告した。博士課程を修了したヨルダン人の研究者イヤード・ザルムートと大学院生ライアン・ベベジは、崖(がけ)から露出した吻(ふん)と呼ばれるクジラ頭部の先端を発掘している。「全身の骨格も恐らく埋まっていると思います」と、ザルムートは言った。

海へ戻った哺乳動物

 クジラと陸生動物には共通の祖先がいる。頭部は平たく、サンショウウオのような姿をした水生の四肢動物で、3億6000年ほど前に、水中からぬかるんだ岸辺に這(は)い上がった。その子孫たちは原始的な肺を次第に発達させ、丸っこいひれが脚に変形するとともに、陸上で音が聞こえるように、あごの関節も変化していく。上陸した水生動物の子孫の中でいちばん成功したのが哺乳動物で、およそ6000万年前には地上を席巻していた。クジラは海に回帰した数少ない哺乳動物であり、陸上生活に適応していたあらゆる器官や機能を再び水中用に変化させたのだ。

 クジラはどのようにして、これほどの変容を遂げたのか。それは偉大な科学者をも悩ませる謎だった。かのチャールズ・ダーウィンも、進化論の柱である自然選択説との矛盾を認識していて、『種の起源』の初版で説明を試みている。ダーウィンが引き合いに出したのはアメリカグマだった。アメリカグマが口を開けたまま湖を何時間も泳ぎ続け、水面に浮かぶ虫を食べる話を紹介したうえで、ダーウィンは次のように結論付けた。「自然選択によって、クマの身体構造や習慣がより水生に適したものになり、口も大きくなって、クジラさながらの怪物に近付くことは容易に想像できる」。もっとも、後の版になると、このくだりは削除された。クマがクジラに変容する荒唐無稽(こうとうむけい)なイメージが、自然選択説に批判的な人たちの嘲笑(ちょうしょう)の的になったからだ。

 それから1世紀近くたっても、謎は謎のままだった。20世紀を代表する古生物学者ジョージ・ゲイロード・シンプソンは哺乳動物の系統樹をつくったが、整然と描かれた系統樹のどこにクジラを置くか分からず困り果てた。「クジラ目に属する動物はあらゆる哺乳動物の中で最も奇妙で、最も異常な存在だ」と、シンプソンは忌ま忌ましげに書き残している。

 進化論を否定する人々はこう主張する――クジラの身体構造の変化を科学的に説明できないのは、変化など起きなかったからではないか。変化を証明する化石はどこにある? 1989年に出版され、あらゆる物は神によって創られたとする創造論支持者に人気の高い『パンダと人間について』にはこう書かれている。「クジラと陸生哺乳動物は構造上の違いが甚(はなは)だしい。となると、現生のクジラが出現する前に、両者の中間的な生物が無数に存在していたはずだが、その証拠は見つかっていない」

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