/2010年8月号

トップ > マガジン > 2010年8月号 > シリーズ 地球と、生きる カフカス横断鉄道


定期購読

ナショジオクイズ

Q:現在のEVとはまったく違いますが、電気で走る車はエンジンで駆動する車が登場した頃からありました。その当時、電気で走る自動車を手がけていた自動車工学者といえば誰でしょう?

  • ルイ・シボレー
  • エンツォ・フェラーリ
  • フェルディナント・ポルシェ

答えを見る



特集

シリーズ
地球と、生きる
カフカス横断鉄道

August 2010


 ウスタエルが監督を務める工事現場は、アニの北80キロほどに位置し、1日に4メートルのペースで掘削工事が進む。地表から396メートル下を通るこのトンネルは、完成すれば全長2.4キロ。トルコでは最長級のトンネルだとウスタエルは胸を張る。

 ウスタエルは休みが取れると、国境から67キロ南にある町カルスで過ごす。ここには19世紀にオスマン帝国とロシアの激戦の舞台となった要塞(ようさい)が、町の名所として残されている。

 カルスの町では、女性は家からほとんど出ない。男たちは腕を組んで通りを歩き、酒場でラキという蒸留酒を飲む。この地域ではイスラムの戒律はさほど厳しく守られていないようだ。カルス県のアフメト・カラ知事は、鉄道ができれば、県都カルスは「世界の目から見て重要な」都市になると誇らしげに話す。

グルジア、雇用のない町

 再びウスタエルがいる国境のトンネル。「このトンネルが東西を結ぶ」と語っていたウスタエルは、到着したダイナマイトのラベルを見て笑った。中国製ではないか。この爆薬は東から西、そしてまた東へとすでに旅してきたのだ。

 この日、爆薬は使われなかった。岩盤が比較的軟らかく、発破の必要がなかったからだ。ウスタエルはグルジアへ向かうトンネルの奥に目をやり「まだ金鉱は見つかっていません」と冗談を言った。「(でも、トンネルができれば)シルクロードが往時の活気を取り戻しますよ」

 グルジア南部のアハルカラキは、雇用のない町だ。近くの山々には金鉱はもちろん、人々に富をもたらす資源がない。この町は、首都トビリシから通じている古い鉄道の終点に当たる。ここから95キロにわたって新しい鉄道が敷設され、ウスタエルが監督するトルコ国境のトンネルを通って、カルスに至る。既存の120キロ区間も線路の修復工事が行われる予定で、雪解けを待って作業が開始される。

 アハルカラキはグルジアの町だが、住民の大半はアルメニア系で、食うや食わずの生活をしている。町にあった工場は、ソ連崩壊後に解体され、機械や備品は自由化された市場で売り飛ばされた。集団農場は閉鎖され、かつて肥沃(ひよく)だった土地に雑草がはびこる。2007年にロシアがこの町にあった軍事基地を閉鎖すると、町の経済はいよいよ立ち行かなくなった。

 町には仕事がないので、男たちはモスクワに出稼ぎに行き、わずかの稼ぎを故国に送る。グルジアに残った人たちは、自分たちをなおざりにする中央政府に不満を募らせ、たびたび抗議デモを起こす。アハルカラキとその周辺のジャワヘティ地方の住民はほとんどがグルジア語を話さず、学校でもグルジア語を教えない。1990年代には、北部のアブハジアや南オセチア(独立を宣言したが、国際的にはほとんど承認されていない)に続いて、この地方もグルジアからの分離独立を目指すとみられていた。

鉄道に一縷の希望

 グルジア政府は今、BTK鉄道の完成で経済が活気づけば、混乱の続くアルメニア系住民地域を国家の枠組みに統合できると期待している。鉄道の建設計画が発表された当初、グルジアのアルメニア系住民は、アルメニアを迂回する計画に異議を唱えていた。しかし今、窮乏生活が長引くアハルカラキの住民たちは、鉄道の開通に一縷(いちる)の望みを託している。

 グルジア政府は、アハルカラキが「鉄のシルクロード」の重要な結節点となると考えている。アハルカラキ駅で、線路の間隔が欧州の標準軌からロシア式の広軌へと切り替わるからだ。もっとも、この町に鉄道がどんな経済効果をもたらすか、住民たちはまだ半信半疑のようだ。住民たちは工事関連の雇用が生まれるよう請願したが、状況は好転していない。

 それでも、ミハイル・サーカシビリ大統領の政権になって、暮らしがましになったことは、アハルカラキの住民も認めるだろう。シェワルナゼ前大統領時代には、電力の供給は1日5時間だけ。それも夜中のみで、翌日の朝食のパンを焼くのがせいぜいだった。テレビはなく、道路はがたがた。トビリシの中央政府には人々の声はほとんど届かず、どこの家でも、配給制の薪(まき)をストーブにくべて、かろうじて凍死をまぬがれているありさまだった。だが今では、一部の道路が整備され、水道は全戸に行き渡っていないにしても、電気は1日中使える。

 独立して19年。グルジアは人間にたとえれば青年期の混乱のただ中にある。バラを手に国会に詰めかけた野党支持者がシェワルナゼを退陣に追い込んだ7年前の「バラ革命」の成功で、人々はこの国の未来に希望を抱いた。

 NATO(北大西洋条約機構)の一員となり、EUに加盟し、アブハジアと南オセチアを再統合し、ロシアとの関係を改善する-サーカシビリ大統領はそのすべてをすぐにも実現しようとした。北隣の大国ロシアが足を引っ張らなければ、その夢はかなったかもしれない。

Back3next


ナショナル ジオグラフィック バックナンバー