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地球と、生きる
カフカス横断鉄道

August 2010


 カフカス地方はしばしば“ロシアの裏庭”とみられてきた。だが鉄道建設にトルコが参加したことからもわかるように、この地方には今、新たな同盟関係ができつつある。

 2005年に開通した「バクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)パイプライン」(ジェイハンは地中海に面したトルコの都市)も、BTK鉄道の建設計画も、トルコ、グルジア、アゼルバイジャンの3カ国の提携で実現し、この3カ国に囲まれたアルメニアは意図的に計画から外された。それにどちらも北のロシア、南のイランを経由せずに東西を結ぶ。600億円以上を投じる鉄道建設は、経済開発事業であると同時に、地域の覇権をめぐる政治的な駆け引きでもあるのだ。

 トルコとグルジアの国境を越えるトンネル工事を現場で指揮するウスタエルにとって、鉄道建設は孤独への道ともなった。

 彼には故郷のトラブゾン(トルコの黒海沿岸の温暖な都市)で暮らす恋人がいた。工事が終わるまで2年間、カフカス山中で過ごすことになると伝えると、恋人は顔を曇らせて言った。「とても耐えられない」。紅茶に砂糖を入れながら、ウスタエルはその話をしてため息をついた。男には決断しなければならない時がある。

 窓の外は、激しい吹雪だった。第一次世界大戦中、オスマン帝国の9万人の軍勢がこの山中でロシア兵を待ち伏せしたことがある。「一発も銃弾を撃たずに、凍死した兵士もいたそうです」。ウスタエルはそう言うと、ヘルメットを手に部屋を出た。掘削工事は3時間交代制で、24時間休みなしに続いている。

 国家としてのトルコも、EU(欧州連合)加盟の悲願を果たすため、不眠不休の努力を続けてきた。トルコにすれば、経済開発で自分たちよりはるかに後れを取り、政府の腐敗もひどいブルガリアやルーマニアなど旧東欧圏の国々が次々に加盟を認められるなかで、自分たちだけが取り残されているという思いがある。

 「控えめに言っても、不公平感があります」と語るのは、トルコの国土交通省鉄道局の副長官アフメト・クシャノールだ。彼に言わせれば、「200年前からずっと西に顔を向けてきた」トルコは今、西にとって不可欠な国となるために、東に顔を向けている。

 ボスポラス海峡の下にイスタンブールのアジア側と欧州側を結ぶ海底トンネルを建設する「マルマラ海トンネル計画」が2013年に完了すれば、バクーからロンドンまで鉄道で結ばれることになる。「この鉄道が欧州にも役立つことは明らかです」とクシャノールは断言する。

トルコとアルメニアの国境で

 東に顔を向け始めたトルコは、東隣のアルメニアとの関係修復にも乗り出した。

 トルコは1993年にアルメニアとの国境を封鎖し、アルメニアに向かう鉄道の運行も停止した経緯がある。ナゴルノ・カラバフ紛争のなかで、同盟関係にあるアゼルバイジャン支持の意思表明として、アルメニアとの国交を断絶したのだ(アルメニアは、アルメニア系住民が多いナゴルノ・カラバフの分離独立を支援した)。

 2009年、トルコとアルメニアは、EUと米国の監視のもと国交正常化文書に調印、国境封鎖を解くこととなった。だがその後、アルメニアは1915年のオスマン帝国によるアルメニア人虐殺が「ジェノサイド」(少数民族などの大量虐殺で、国際法上の戦争犯罪である)に当たることを認めるようトルコに求めると、トルコはこれを拒否。さらにトルコ側も、ナゴルノ・カラバフ問題を解決するようアルメニアに要求、これもすぐには実現できないため、両国の合意は2010年春には事実上無効となった。

 トルコとアルメニアを結ぶ“懸け橋”は、かろうじて今もある。両国の国境をなすアフルヤン川にかかる古い橋で、今ではほとんど崩れ落ちている。この国境沿いにシルクロードの交易で栄え、今は廃墟となったトルコの古都アニがある。1000年も前に建てられたモスクや教会が残り、かつて人々でにぎわった市場には風の音がむなしく響く。高圧電流フェンスの向こうに川が流れ、向こう岸にあるアルメニアの国境監視塔が、こちらににらみを利かせている。

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