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特集

水中洞窟
隠された「過去」

AUGUST 2010

文=アンドリュー・トッドハンター 写真=ウェス・C・スカイルズ

米バハマ諸島にいくつも口を開ける青い洞窟。闇と海水に満ちた鍾乳洞の奥深くへ潜っていくと、未知の世界が広がっていた。

 暗闇を水中ライトで照らし出すと、水深15メートルあたりに、白いもやのようなものが漂っているのが見えた。その付近の水には、硫化水素が含まれている。大量に吸収すると死に至ることもある有毒ガスだ。

 硫化水素は水中にすむ細菌と腐食物から出たもので、腐った卵のようなにおいがすることもある。その中を通るとき、人によっては肌のかゆみやチクチクする痛み、めまいを感じる。深部への侵入をはばむ“毒のカーテン”だ。

 この洞窟(どうくつ)ではそれほど濃度は高くないが、それでも私は何度か吐き気に襲われ、そのうち頭痛も感じるようになった。世界屈指の洞窟ダイバーであるガイド役のブライアン・ケークックを見ると、動じている様子はまったくない。きっと私の体は硫化水素に反応しやすいのだろう。

 ここは、バハマ諸島最大の島、アンドロス島のブルーホール「スターゲート(星の入り口)」だ。ブルーホールとは、内部が水で満たされた洞窟のことで、海にも陸にもある。沖合にあるブルーホールは、基本的に海の延長で、大きな波に洗われて水の出入りがあるため、おおむね海と同じ生物がすんでいる。

 だが、スターゲートをはじめとする「内陸型ブルーホール」は、地球上にある他のどんな環境とも違う。潮の満ち引きがないので内部の水は循環せず、はっきりと層状に分かれている。一番上には雨水がたまってできた淡水層があり、その下に比重の大きい塩水の層がある。淡水が「ふた」のような役割を果たすため、大気中の酸素が下の塩水に届かず、有機物は腐りにくい。淡水のすぐ下には、塩水に含まれた硫酸塩を取り込む細菌がすんでいる。硫化水素はこの細菌の排出物だ。

 こうした特異な環境にある内陸型ブルーホールは、「天然の実験室」であり、科学者にとっては古代エジプトのツタンカーメン王の墓に匹敵するほど貴重なものだ。ダイバーにとっては、特殊な訓練と装備、経験がなければ挑めない難関で、登山にたとえればエベレスト山やK2といった世界屈指の高峰に登るほどの準備と覚悟が必要になる。

 洞窟ダイバーは、高山に挑む登山家以上に厳しい時間の制約にさらされている。問題が発生した場合、その場で解決するか、タンクが空になる前に洞窟の入り口まで戻らなければ、命を落とすことになるからだ。

 これまでブルーホールに挑んだ科学者はほとんどいなかった。しかし2009年の夏と秋、洞窟ダイバーとさまざまな分野の専門家たちが「バハマ・ブルーホール調査隊」を結成し、アンドロス島やアバコ島など、バハマ諸島の7島で2カ月間にわたってブルーホールの潜水調査を実施した。

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