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新・人類進化の道

JULY 2010


100万年前 ホモ・エレクトゥス

 手早く昼食を済ませると、ブーリ半島の尾根からヘルト村の東へと斜面を下り、灰色の砂岩が露出する荒涼とした低地に降り立った。所々に小さな洞窟(どうくつ)や、柱状に浸食された岩が見える。ウォルディゲブリエルの説明によれば、ここの地層は断層運動によって隆起し、激しい風や雨で削られて、今のような風景が生まれたのだという。

 次の“窓”はこの地層にあった。ダカナハイロ、略して「ダカ層」と呼ばれる100万年前の地層だ。1997年12月末、大学院生のヘンリー・ギルバートがこの地層の砂岩から頭骨の頂部が出ているのを発見。その後、調査チームが詳しく発掘を進めると、ホモ・エレクトゥスの頭骨が埋もれていることが判明した。脳が収まる部分は完全な形で残っていたが、顔面の骨は失われていた。

 ホモ・エレクトゥスは初期人類のなかでは特によく知られ、1891年にインドネシアで初めて発見された化石がジャワ原人と呼ばれている。体の大きさと四肢のバランスは現代人とよく似ている。彼らの石器文化はアシュール文化と呼ばれ、左右対称の大きな握り斧(おの・ハンドアックス)が特徴だ。

 握り斧は各地の遺跡で出土している。ここダカ層で見つかったものは、黒い玄武岩の両面から石片をはぎとって鋭くしたもので、とがった先端部だけが欠けていた。ヘルトで見た石器よりも素朴なつくりだ。二足歩行に適した長い脚に加え、こうした道具を手にしたホモ・エレクトゥスは、さまざまな環境に適応できた。おそらく彼らは200万年近く前にアフリカを出た最初の人類で、その子孫ははるばる東南アジアまで進出したのだろう。

 ヘルトからダカまでわずかの距離を歩き、進化の歴史をさかのぼる間に、“人間らしさ”を形づくる要素がまた一つ脱落したことを確認できた。それは、数百立方センチ分の脳だ。ダカ層で見つかった頭骨の脳容積は1000立方センチ。ホモ・エレクトゥスとしては平均的な大きさだが、ヘルトの頭骨よりはるかに小さい。また、アワシュ川の対岸のボドで見つかった60万年前の頭骨と比べても、かなり小さい。

 それでもホモ・エレクトゥスは「それまでの人類と比較にならないほど地球上の広い範囲に進出した成功者」だとホワイトは言う。「エレクトゥスは、進化の大きな枝分かれの後、私たち現代人に連なる系統にある。それは、脳が大きく、道具を使うグループだ。ここからさらに時間をさかのぼると、大きな脳や道具の使用といった要素が脱落して、我々と大きくかけ離れた世界が見えてくる」

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