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特集

マンデラの子供たち

JUNE 2010


歴史の転換点を迎えて

 今年のサッカー・ワールドカップの開催地に選ばれて、南アフリカの国家的な威信は一気に高まった。これからはアパルトヘイトの国ではなく、アフリカ初のワールドカップ開催国として知られることになる。新たに整備された道路や通信網、現代的な設計の空港や国際色豊かなレストラン―こうした“表向きの顔”を見るかぎり、人種差別の歴史は過去のものになったようだ。

 治安の悪い地区として悪名高かった、ヨハネスブルク郊外の旧黒人居住区ソウェトも大きく変わった。アパルトヘイト時代には黒人の抗議運動の中心地となり、1976年に起きたソウェト蜂起は世界中で報道された。だが、今では広大な居住区のかなりの部分が、のどかな郊外住宅地となっている。こぎれいな家々には、手入れの行き届いた芝生があり、外国製の車が停まっている(だが、住宅地の周りに不法居住者のスラムが広がっているのも確かだ)。

 南アフリカでは今、黒人の中流層が急速に育ちつつある。黒人指導者のネルソン・マンデラが大統領に就任した94年以降、政府は約300万戸の公営住宅を建設してきた。ヨハネスブルクの金鉱跡地にはテーマパークとカジノの向かいに、立派なアパルトヘイト博物館があり、旅行者も見学できる。

 しかし、表面的には平穏に見えても、アパルトヘイトの心理的な影響がなくなったわけではない。2008年5月には、おもにモザンビークとジンバブエの出身者を標的にした外国人排斥の暴動が各地で起き、60人余りが死亡し、何万人もがこの国を追われた。アパルトヘイトは、人々の心に自分たちと異質な「他者」に対する根深い不信感を植えつけた。人種的な特権意識も、いまだに人々の心のなかに残っている。

 アパルトヘイトがいかに生活の隅々まで浸透していたか、いかに理不尽な政策だったかは、いくら強調しても足りない。1948年から、制度が完全に撤廃された94年までに、白人政党の国民党は、公共の場から個人の生活にいたるまで、労働、教育などあらゆる面で人種隔離を徹底した。

 「アパルトヘイトは、多数派の犠牲の上に少数派が富を蓄える、実に巧妙な仕組みでした」。そう話すのは、プレトリア大学で法学を教える31歳のチェポ・マドリンゴーシだ。「多くの人々が投獄され、国外に追放され、行方不明になり、非業の死を遂げたことは言うまでもありません。利益を享受する側にとっては非常に都合のいい制度だったため、撤廃されたからといって、すぐにその傷跡が修復されるわけではなかったのです」

 マドリンゴーシは、おもにアパルトヘイト時代に弾圧の犠牲になった5万8000人の被害者の支援組織「クルマニ支援グループ」で、弁護人を取りまとめる役割を担っている。「みんな平等になった、これでいいじゃないか、前に進もうという声もあるかもしれません。優遇されていた人にとっては都合のいい意見です。でも、被害者への公的な補償はどうするのか。何世代にもわたって人々の心に染み付いてきた差別、あからさまな憎悪、不満をどう解消するのか。簡単には解決できません」

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