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伝説の茶馬古道

MAY 2010

文=マーク・ジェンキンス 写真=マイケル・ヤマシタ

国雲南省とチベットを結ぶ「茶馬古道」。唐の時代から茶葉と馬の流通に使われてきたかつての交易路で、今も伝統を守る人々に出会った。

 中国・四川省西部の山奥で、私は竹やぶを切り開きながら伝説の道を探していた。「茶馬古道」と呼ばれるその道は、つい60年前まで使われていた、中国とチベットを結ぶ交易路だ。アジアの広い地域では当時、馬などの荷役動物や徒歩が主な移動手段だった。

 その数日前、私はある男に話を聞いていた。彼はかつて、背中を痛めそうなほど重い茶葉の荷を背負い、その道を通って運んでいた。男が言うには、茶馬古道は今や、崩れたり、草木に埋もれたりして消えてしまったということだった。

 斧(おの)を大きく振り下ろして竹を切り倒すと、目の前に道が現れた。幅1メートルほどの石畳の道には緑の苔が生え、敷石の所々にくぼみができ、水がたまっている。茶の運搬人たちが使っていた杖(つえ)がうがってできたくぼみだ。1000年ものあいだ、先端に金属をかぶせた杖で体を支えながら、数知れぬ運搬人がこの道を行き交っていたのだ。

 古道の名残はたった15メートルしかなく、崩れかけた石段を上った所で消えていた。モンスーン特有の豪雨で流されたのだろう。私は滑りやすい小道を進んでいった。このまま歩いていけば、茶葉交易の要衝だった雅安(ヤーアン)と康定(カンティン)を結ぶ馬鞍山(マーアンシャン)峠を越えられるかもしれない。その夜は川を見下ろせる場所にテントを張った。

 翌朝、私は前進を試みたが、500メートルほど進んだところでうっそうと茂る木々に阻まれ、それ以上はどうしても行けなくなった。茶馬古道は跡形もなく消えている。前進はあきらめるしかなかった。

 ここに限らず、茶馬古道の大半は既に無くなっている。近代化を急ぐ中国は、過去を葬り去るのに必死なのだ。かつては広く知られていた茶馬古道も、今ではすっかり忘れられている。この古道が完全に姿を消す前に、名残だけでも見ておきたいと私は思った。

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