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地球と、生きる
セントヘレンズ山

MAY 2010


湖で起こった細菌の交代劇

 2009年8月、クリサフリの案内で立ち入り禁止区域を訪れた。荒涼とした軽石平原の端まで車で行き、そこからは4キロの山道を歩く。

 52歳になる細身のクリサフリは、この道を何度も歩いている。正面にはスピリット湖が広がり、湖面の4割は、いかだのように水面を漂う無数の流木に覆われていた。山道沿いには、モミの若木やルピナス、高さ4メートルほどのヤナギやハンノキが見える。小川の近くでは、ヒキガエルやアマガエルを数多く見かけた。

 湖のほとりで、水の入らないドライスーツに着替え、ボートで湖の南側にあるダック湾に向かった。そして水中マスクとシュノーケルを装着し、冷たい水の中に飛び込んだ。

 まず驚いたのは、水中の色彩が豊かなことだった。湖底から水面まで3メートルほども伸びたさまざまな水草が、太陽の光を浴びて鮮やかな黄色や緑色に輝いている。どの方向を向いても、体長が50センチはある大きなニジマスが泳いでいた。この水草の“ジャングル”は、浅瀬だけに広がっていて、深い場所に行くと水草とともに魚も姿を消した。

 セントヘレンズ山が噴火する前のスピリット湖は、栄養分が乏しくて生物の数が少なく、水が澄んでいて、浅瀬がほとんどなかった。だが、噴火で土砂が時速240キロの猛スピードで流れ込むと、湖には爆風で熱せられた有機物が大量に堆積(たいせき)した。高熱で溶けた炭素やマンガン、鉄、鉛で満たされた湖水は、人間の体温ほどまで温まった。湖の透明度は噴火前の9メートルから15センチにまで低下し、細菌が大量に発生した。

 細菌の種類は目まぐるしく入れ替わった。最初に現れたのは、酸素を利用する好気性の細菌だ。それが増えて酸素を消費し尽くすと、酸素を必要としない嫌気性の細菌が現れ、次に窒素を吸収する細菌、メタンや重金属を栄養分とする細菌が順々に現れた。18カ月間にわたって、スピリット湖では細菌の交代劇が繰り広げられ、クリサフリの言葉を借りれば、「1ミリリットルの湖水中に数億個」の細菌がいたという。やがて細菌は栄養分を消費し尽くすと死滅していき、川の水や雪解け水が流れ込んで、湖水は澄んでいった。

 スピリット湖に陽光が差し込むようになると、藻などの植物プランクトンが増え、次いでそれを食べる動物プランクトンも現れた。その後、水生昆虫や両生類の姿も見られるようになり、1990年代初頭には浅瀬に大型の水草が育ち始めた。噴火以前にはなかったこの環境が、ニジマスにとって理想的なすみかとなった。小さな虫や巻き貝をたっぷり食べて、2~3年後には体重が2キロにまで成長した大きなニジマスも現れた。

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