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水を背負う人々

APRIL 2010


 川辺に到着して1時間後、ビナヨは二つのポリタンクいっぱいに水を入れた。一つは彼女が、もう一つは私が運ぶのだ。ふたすれすれまで水を入れたポリタンクは、重さ23キロほど。歩くと背中の上で暴れる。

 帰り道が山道になると、私はもう先へ進めなくなった。同行していた8歳くらいの少女が、半分くらいの大きさのタンクを背負っていたので、私はばつの悪い思いをしながら、少女とタンクを交換してもらった。

 だが山の頂まであと10分ほどの所で、少女が音をあげた。ビナヨは少女の背負っていた重いポリタンクを取り上げると、自分が背負っているポリタンクの上にそれを積み上げた。ビナヨは私たちをさげすむようににらむと、46キロもの水を背負って、斜面を上り続けた。

 「村の人間はみな、生まれたときからきつい暮らしが待っていることを知っています」

 小屋の外に腰を下ろして、ビナヨはそう語った。彼女が抱きかかえている4歳の息子クマチョは下半身が裸だ。「コンソでは私たちが生まれるずっと昔からこんな暮らしが続いてきたんです」。彼女はこの暮らしに疑問を感じたことも、別の暮らしを考えたこともない。だが、変化はじきに訪れようとしていた。

不衛生が呼ぶ病

 毎日何時間もかけて水をくみに行く暮らしでは、水の一滴一滴が貴重だ。米国人は生活用水として毎日平均375リットルの水を使っているのに対し、アイリト・ビナヨが使うのはたったの9リットル。山の上まで水を運ぶ人々に、水を使って体を清潔に保てと言うのは酷だ。

 だが、衛生のための水は欠かせない。手洗いを心がけるだけで下痢は約45%も減らせるのだ。ビナヨは「たぶん、1日に1回ぐらい」手を洗うという。体を洗うことはごくまれだ。2007年の調査では、コンソ地方ではトイレの近くにせっけんを備えてある家がなかった。ビナヨの家では最近、地面を掘ってトイレをつくったが、せっけんを買う余裕はなかった。

 一家が手にする現金収入の大半は、村の診療所での治療に消える。川の水を処理せずに飲むせいで、子どもたちはひんぱんにバクテリアや寄生虫に感染する。診療所の看護師の話では、普段でも、診療所を訪れる患者の70%は水が媒介する病気にかかっているという。

 フォロから26キロ離れたコンソ地方の中心都市にある地域医療センターでは、1日の患者500人のほぼ半数が、水が媒介する病気を抱えている。看護師長のビルハネ・ボラレによると、1年のうち4カ月間は水道水が出ず、政府のトラックが川の水を運んでくるのだという。

 「水は患者に飲ませたり、薬を飲ませるときにしか使えません。ここにはHIVやB型肝炎の患者がいて、出血すると病原菌が広がります。除菌には水が必要ですが、病室を除菌できるのは1カ月に1度だけです」とボラレは言う。

 医療センターの職員ですら、診療中に手を洗う習慣がない。ちゃんと水の出る蛇口は、病院内に数カ所しかないからだ。女性看護師のツェガ・ハゴスは、患者の血がかかったときも、「手袋は新しいものに替えましたが、手を洗ったのは、家に帰ってからでした」と話す。

 この悲惨な循環を断ち切るには、人々が手近な場所で清潔な水を使える環境をつくるほかない。清潔な水がふんだんに使えるようになった町や村は一変している。それまで水くみに費やされていた時間は、耕作や畜産など収入につながる仕事に使われるようになった。各家庭では、ばい菌だらけの水を飲まなくなったおかげで、以前ほど病気になったり、病人の看病に時間をとられなくなった。特に大きいのは、水くみの重労働から解放された少女たちが学校へ通えるようになったことだ。

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