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解けだした APRIL 2010 |
![]() 文=ブルック・ラーマー 写真=ヨナス・ベンディクセン 「世界の屋根」と呼ばれるアジアの高原地帯。数々の大河に水を供給し、20億人の生活を支える氷河が解け始めている。解けだした20億人の氷河
ヨナス・ベンディクセン 写真家 神々が怒った-。 暖かい夏の午後、ジア・ソンは渓谷を登っていた。雲の上にそびえる聖山、カワカブ峰(標高6740メートル)が、明永(ミンヨン)氷河にえぐられてできた渓谷だ。2キロ以上歩いているのに、眼下の川には泥を含んだ雪解け水が流れているだけで、氷は見当たらない。かつては明永村まで達していた氷河は、100年以上ずっと後退を続けている。しかもここ10年間でその勢いは増し、毎年、サッカー場より広い面積の氷河が消えている。 「10年前まで、この一帯は氷でした」とジア・ソンは言った。そして、谷底から60メートルほど上に見えるヤクの通り道を指さした。「あの道もたびたび氷に覆われて、ヤクを連れて放牧地へ移動するのに苦労したものです」 蛇行する川をたどっていくと、ようやく氷河の先端が現れた。砕けた岩や泥が混ざって、不気味に黒ずんでいる。この氷河の雪解け水はかつて、仏陀(ブッダ)の象徴として儀式に使われるほど澄んでいた。だがいまは、混ざりものが多くて飲用水にもならない。以前は滑らかだった氷河の表面もでこぼこしていて、裂け目から青緑色の氷が顔をのぞかせている。氷河が割れていること自体、良くない兆候だ。 「私たちの神聖な氷河は病み、身をすり減らしています。氷河が死んでしまったら、私たちはどうやって生きていけるでしょう?」と、ジア・ソンは嘆く。 消えゆく「世界の屋根」 氷河の融解は地球全体の問題だが、「世界の屋根」の雪解け水に頼るアジアの人々にとっては、ことさら深刻だ。ヒマラヤ山脈に縁取られたチベット高原は、その高さも広さも世界一だ。面積は西ヨーロッパがすっぽり入るほどで、標高は平均で3000メートルを優に超える。中国側だけでも氷河が3万7000カ所あり、周辺の山々も含めると、極地方以外でこれほど大量の氷を有する地域はほかにない。長江(揚子江)や黄河、メコン川、ガンジス川など、アジアを代表する大河はすべて、チベット高原の氷河を水源としている。 |