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ナスカ 文明崩壊の謎

MARCH 2010


 安定した生活を送るにはリスクが高い場所にもかかわらず、ナスカの文明は約800年にわたって栄えた。紀元前200年ころ、パラカスと呼ばれるより古い時代の文明からナスカの文化は台頭した。人々は河川流域に定住して、綿花やマメ、ジャガイモ、ルクマと呼ばれる果物、小型のトウモロコシなどの作物を栽培した。

 「テーヨ・プラック」の名で知られる陶製の板に描かれた、サンポーニャと呼ばれるパンパイプを吹きながらナスカの人々が行進し、その周りでイヌたちが踊っている有名な絵は、音楽とダンス、巡礼の旅からなる儀式を繰り広げた平和の民の姿を伝える作品だと考えられている。

 初期のナスカ文明における神権政治の中心地は、カウアチという名の、砂漠の中の聖地だった。1950年代、米コロンビア大学の考古学者ウィリアム・ダンカン・ストロングが初めて発掘したこの遺跡は、レンガを高く積み上げたピラミッドや、巨大な神殿群、広々とした広場や祭壇、複雑に入り組んだ階段や回廊からなる、広さ150ヘクタールの広大な宗教施設だ。考古学者のカタリナ・シュライバーと歴史学者のホスエ・ランチョ・ロハスは、ナスカの灌漑設備を論じた2003年の著書で、ナスカ川がこの遺跡から東に約15キロの地点で地下水路となり、カウアチの町の入り口で泉のように地表に流れ出ていると指摘している。「川の水が湧き出すこの場所が、古代に聖地とみなされていたことはほぼ間違いない」と2人は述べている。

 「カウアチは儀式の執り行われる場所でした」。長年、カウアチの発掘を指揮してきたイタリアの考古学者ジュゼッペ・オレフィシは語る。「人々は山間地や沿岸部から、神への捧げ物を持ってここにやって来たのです」。この一帯から発掘された遺物の中には、切断された数十個の人間の頭骨がある。これらの頭骨は、たいてい額に穴が開いていて、より合わせたひもを通して数珠つなぎになっている。おそらく頭骨を腰に巻きつけるためだったのだろう。

 ナスカの人々は、降雨のパターンが変化するたびに、太平洋沿岸部から標高4600メートル近いアンデスの高地まで、河川流域に沿って領土の中を東や西へ移動した。この一帯では、ほとんどの場所で集落の痕跡が見つかっている。「集落は河川沿いに連なり、どの集落でも地上絵が見つかります」と、ラインデルは言う。

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