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特集

ラン
甘美なる愛の罠

SEPTEMBER 2009


魔性の策略家“娼婦のラン”

 ランが駆使する騙しのテクニックの中で、最も巧妙なのが“色仕掛け”と言えるだろう。つまり、送粉者である昆虫に交尾への期待を抱かせて、送粉を手伝わせるというものだ。

 植物と昆虫の交尾を自分の目で確かめてみたいと、地中海に浮かぶサルデーニャ島へと渡った。強風が吹き、山ばかりで人口もまばらなこの島は、多様な植物相と誘拐事件で知られている(つまり、騙し合いの本場というわけだ)。私の目当ては、ラン科の中で最も巧妙で、悪魔のような策略家といわれるオフリス属だ。「娼婦のラン」と呼ばれることもある、このランの繁殖戦略について知って以来、その花と、騙されて花粉をせっせと運ぶ昆虫を一度は見てみたいと思っていた。手元の図鑑には、その戦略が「性的策略」や「偽交尾」と紹介されている。娼婦のランについて知れば知るほど、私は植物に関する認識を大いに改めざるを得なくなった。世の中には、騙されやすい動物を手玉に取る賢い植物がいるのだ。

 オフリス属のこのランの場合、騙されるのはマルハナバチの仲間だ。この種は、花蜜や花粉といったご褒美を与えるのではなく、雄のハチに交尾の可能性をちらつかせておびき寄せ、その期待を利用することで花粉を別の花へと運ばせる。性的策略を成功させるために、外見はもちろんのこと、匂いや触覚までもが、雌のハチそっくりになっているという。

 野生ランを見つけることは、多くの場合、非常に困難なことだが、ここサルデーニャ島では、オフリス属が雑草のように道端に生えている。4月の開花期には、ドライブ中の車からでも、どこに咲いているか、すぐに分かるほどだ。オフリス属の花を詳しく観察すると、花被片(花弁)の1枚だが、ほかとは形態が著しく異なる唇弁があり、それが雌のハチの後ろ姿にそっくりなのだ。種によっては、繊毛や曲がった脚、玉虫色に輝く羽の様子までを再現し、ハチが緑色の花に頭を埋めているように見えるものまである。策略を確かなものにするため、雌が分泌するフェロモンによく似た匂いまで発するという周到ぶりだ。

 こうした策略をもってしても、送粉が常に成功するわけではないが、うまくいく場合は、次のようなシナリオとなる。

 雌だと思って、雄のハチがオフリスの唇弁に舞い降り、“雌もどき”と交尾しようとする。その実りなき努力の過程で、雄のハチがランの蕊柱(オシベとメシベが癒合して一体化した器官)を激しく揺り動かすと、その反動で、花粉が詰まった2個の黄色い塊(花粉塊)が、接着剤でも使ったかのように、一瞬にしてハチの背中に付く。交尾をしようと躍起になっていた雄も、やがて、オフリスに一杯食わされていたことに気づいて、花をあとにする。だが、本物の雌を探して飛び立つ雄の背中には、花粉塊がしっかりと付着したままで、離れた場所に咲くオフリスまで運んでいくというわけだ。

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