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特集

ラン
甘美なる愛の罠

SEPTEMBER 2009

文=マイケル・ポラン 写真=クリスチャン・ツィーグラー

かに多くの子孫を残すか――。動けないランが選んだのは、昆虫や鳥を惑わして、自分に引き寄せるという方法だった。

 動物である私たちは、植物を自分たちよりも劣っている存在と考えるところがある。役に立たない人のことを英語では「鉢植え」と表現するし、意識が戻らず、生活するための機能の多くを失った人は「植物状態」と呼ばれることがある。だが、植物そのものは役立たずでも生きる力がないわけでもなく、私たちが地上に出現する数百万年も前から生命の営みを繰り返してきた。

 むろん、植物はあちこち移動したり、道具や火を使いこなしたりはできないし、意識や言語をもっているわけでもない。私たち人間は、生きるために必要なこうした能力は最も“高等な”生物の証しだと思っている。確かに、長い進化の果てに獲得した輝かしい成果なのだから、そう考えるのも無理はないだろう。けれども、人間が獲得した“意識”こそ進化の頂点だと手放しに称賛する前に、少し考えてみてほしい。なぜ、そう思うのか? その発想こそ人間の意識の産物でしかなく、進化の頂点であるという客観的な根拠はどこにもないのだ。

 私たちは、人間以外の進化の最高傑作にも目を向けるべきだろう。仮に、動物である人間ではなく、植物自身が博物誌を執筆するようなことがあれば、植物の進化に関する記述はより詳しく、より豊かに盛り込まれることになるに違いない。私たちが運動機能や意識、言語を発達させていた間に、植物たちもさまざまな“妙技”に磨きをかけていたのだ。しかもそれは、動くことができないという植物の根源的な特質を踏まえたものだった。

 根を下ろした場所から一歩も動かないまま、どうやって自分の遺伝子を広めるか? その戦略を編み出すには、生化学や工学技術、デザインや色彩感覚、さらには人間をはじめとする“高等な”動物を手玉に取る術も身につけねばならなかった。そして、それを見事にやってのけたのが、ランだ。

 ラン科は、花を咲かせて種子を作る顕花植物としては最多の2万5000もの種数を誇り、8000万年もの時間をかけて、南極を除く地球上のすべての大陸を征服した。オーストラリア西部の砂漠から中米高地の雲霧林、地中海に面した山岳地帯まで地上のあらゆる場所に分布し、また、世界中の家庭やオフィス、レストランにも居場所を見つけている。

 ランがこれほどまでに繁栄することができた理由は何だろうか?

 ラン科植物の成功の秘密を一言で表現するならば、それは「騙し」だ。もちろん、昆虫や鳥などの送粉者に花蜜を与え、その見返りに花粉を運んでもらうという“ありきたり”の手段をとる種もある。だが、ラン科全体で見ると、花蜜を分泌せずに、送粉者の視覚や嗅覚、触覚に訴える“騙しのテクニック”を駆使する種が、全体の3分の1を占めるのだ。

 蜜を分泌する花になりすますことで、ハチをおびき寄せるランもあれば、メキシコからコロンビアやエクアドルにかけて分布するドラクラ属のように、カビや腐肉、ネコの尿、使用済みおむつのような悪臭を放つことで、ある種の羽虫を引き付けるランもある(私は実際に嗅いでみたが、本当に嫌な臭いがした)。また、昆虫の巣穴や受精卵を保護する育房と呼ばれる器官に似せた花で昆虫を誘引したり、飛行中の雄のハチに姿を似せることで、ほかのハチの縄張り行動を誘発して、花粉を運ぶ手伝いをしてもらう種もある。

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