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アラブのキリスト教徒

JUNE 2009


誰もが故郷を捨てることを考える

 アラブ系キリスト教徒は、誰もが故郷を捨てることを一度は考える。マークとリサ夫婦もその話題になるといさかいが絶えない。マークはアイルランドと米国サンディエゴに兄弟が住んでいて、マーク自身も米国に数年間滞在した経験があり、グリーンカード(永住許可証)を持っている。米国カリフォルニア州で働いていた2004年に、エルサレムでリサと結婚式を挙げた。リサは結婚後サンディエゴで暮らしたが、家族が恋しくて長続きせず、ネイトが生まれたのを機に、夫婦でエルサレムに戻ってきた。

 レバノンの首都ベイルート近郊、午前3時。地中海を見おろす山上で、ユハナ隠修士が寝床をぬけ出して懐中電灯を灯した。まわりにうず高く積まれた本は、彼のライフワークであり、終生の友でもある。あごひげを長く伸ばしたユハナ隠修士は、73歳の今日でも夜明けまで仕事に励む。イエスの言葉とも呼ばれているアラム語で書かれた初期キリスト教の賛美歌を現代アラブ語に翻訳して、クッションほどの大きさがある革表紙の本に記していくのだ。

 1日の作業を終えると、ユハナ隠修士は祈りを捧げ、果物をほんの少し食べる。そして黒い修道服とマントをまとって、庭園を歩きながら世界中のあらゆる場所に思いを馳せ、それぞれに祝福を授けるのだ。

 ユハナ隠修士が最初に思い浮かべるのは「空気がきれいな」米国アラスカだ。それから想像の翼は北米から南米へと移り、アフリカへと飛ぶ。中東を通ってヨーロッパを横切り、さらに東へと進んでロシアとアジアを抜け、オーストラリアへ進路を変える。毎日繰り返されるこの空想上の旅行は3~4時間で世界を巡り、問題のある場所に長居しなければ正午には終わる。知らない者には老人が庭園を歩きまわっているだけにしか見えないが、彼が説くイエスの教えを聞くために、大勢の信者がやってくる。ユハナは、5世紀の修道僧シメオンをはじめ偉大な隠修士の流れを継ぐ聖者なのだ。シメオンはシリアの岩山で30年以上修行を積んで、地元民に深く尊敬されたという修道僧だ。

 これとは対照的なのがマロン派キリスト教徒である。4世紀の隠修士マロンが開いたこの教派は、最初から戦うことが運命づけられていた。聖マロンが410年に死んだとき、遺体の所有権をめぐって信者間で争いが起きている。

 それから数十年後には、教理で対立する他の教派と戦い、イスラム教が登場するとそれも敵に回した。

 弾圧を逃れてシリアからレバノンの山中に逃げたマロン派は、洞窟を要塞化して岩山に修道院を建設し、イスラム教指導者による攻撃に耐えた。11世紀後半、フランスからの十字軍がエルサレムに入城したとき、マロン派教徒は山を下りて同志を出迎えている。それから800年後、第一次世界大戦の終結とともにシリア(レバノンを含む)を占領したフランスは、マロン派に報いるために、彼らに有利な国づくりを進めた。そのため1943年にレバノンが独立したとき、フランス語を話し、文化的にもヨーロッパに近いマロン派は、アラブ系キリスト教徒としては珍しく多数派を占めることになる。

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