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特集

アラブのキリスト教徒

JUNE 2009


 3月のまだ肌寒い朝8時。エルサレムの外れの小さなアパートで暮らす、パレスチナ人のキリスト教徒の夫婦(ここでは仮にマークとリサと呼んでおく)は大忙しだった。

 リサは1歳半の娘ナディアに、復活祭の真っ白な晴れ着を着せようと苦心し、夫のマークはパジャマ姿のまま、3歳の息子ネイトをおとなしくさせようと必死だ。やんちゃ盛りのネイトは暴れまわって、せっかく着せたおろしたてのズボンとベストをだいなしにしかねないし、部屋のテレビや壁にかかった幼子イエスの絵や、テーブルの花瓶まで壊しそうだ。大柄で気が短いマークはいらだちの表情を隠せない様子だ。それでも復活祭のこの日は、希望にあふれて前向きな気分になる。しかも今年は夫婦二人にとって特別な年なのだ。

政治に引き裂かれた家族

 今年は、マークがエルサレムで家族と過ごせる最初の復活祭なのである。ヨルダン川西岸地区、ベツレヘム出身のマークが持つ身分証明書はパレスチナ暫定自治政府が発行したものだ。イスラエルに入るにはイスラエル政府の許可が必要になる。いっぽうリサは家族ともども旧市街で暮らしてきたので、イスラエル政府発行の身分証明書を持っている。そのため二人は5年前に結婚し、エルサレム郊外にこのアパートメントを借りているにもかかわらず、イスラエルの法律ではひとつ屋根の下に住むことはできないのだ。いまマークはベツレヘムで両親と同居している。そこから夫婦のアパートメントまでは9キロほどしか離れていないが、イスラエルの検問所と高さ7メートルのコンクリートの壁にはばまれ、100キロ以上も離れているように思える。

 「僕と一緒に育った仲間のキリスト教徒たちは、仕事を求めて80パーセントが外国に行ってしまった」とマークはため息をつく。マークには、彼らの事情も痛いほどわかる。社会学の学位を持ち、社会福祉士の専門教育を受けたマークでさえ、2年間仕事にあぶれていた。「イスラエルのつくった高い分離壁に囲まれた場所では職も見つからない。ネズミの集団を狭い場所に閉じこめておくと、身体が少しずつ小さくなる。さらに新しい障害を作ったり、頻繁にルールを変えたりしていると、ネズミは頭がおかしくなって共食いを始める。そんな実験を人間でやっているようだよ」

 イスラエルやパレスチナ自治区での生活は、常にストレスにさらされている。とりわけ息苦しい立場に置かれているのが、ここに暮らす19万6500人のキリスト教徒だ。1894年には人口全体の13パーセントを占めていたが、現在は2パーセントを切っている。戦火の応酬で疲弊したイスラエルのユダヤ教徒とパレスチナのイスラム教徒との狭間で人並みの生活すら送れず、ときにはイスラム教徒がアラブ系キリスト教徒を攻撃の対象にすることもある。この10年間に「アラブ系キリスト教徒をめぐる状況は急速に悪化した」と証言するのはラゼク・シリアニである。気さくで陽気な40代のシリアニは、シリアのアレッポで中東キリスト教会協議会の仕事をしている。「キリスト教徒は、周囲の怒りの声に完全に圧倒されている」とシリアニは言う。

 欧米諸国のキリスト教徒もそれに拍車をかけているというのが、アラブ系キリスト教徒のいつわらざる本音だ。

 イラクやアフガニスタンでの戦争、米国のイスラエル支援、ブッシュ政権時代の「体制変革」の脅しなど、「米国をはじめとする欧米のキリスト教徒たちが中東でやってきたことを、イスラム教徒のなかでも狂信的な人たちは十字軍の再来と受けとめる。これはキリスト教がイスラム教に対して聖戦をしかけてきたのだと。彼らにとっては、アラブ系キリスト教徒の私たちも同じキリスト教徒でしかなく同罪だというのだ」

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