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特集

中国
“地上の楽園”の現実

MAY 2009

文=マーク・ジェンキンス 写真=フリッツ・ホフマン

界遺産の絶景「三江併流」の玄関口、雲南省シャングリラ県。チベットの伝統と現代文化が共存する“桃源郷”の素顔に迫る。

 中国東部の都市から来た観光客のグループが、チベット仏教の経文を納めたマニ車と呼ばれる巨大な円筒を楽しげに押している。

 彼らは中国西部の辺境を巡るバス旅行の参加者で、大はしゃぎでマニ車を回そうとしていたのだ。高さ15メートル、直径7.5メートルもあるマニ車の表面には、中国国内の56の民族が力を合わせて働く姿が刻まれている。

 悪戦苦闘している観光客のもとへ、エビ茶色の僧衣をまとった僧侶たちが近づき、手を貸した。観光客はマニ車を反時計回りに回転させようとしていたが、チベット仏教では時計回りに回すことになっている。僧侶が逆方向に押すと、マニ車はぐるりと回転し始めた。

 その時、中国のポピュラーソングのメロディーが流れた。携帯電話の着信音らしい。ラベンダー色のタイツをはいた女性が大きなハンドバッグの中を探し、スーツ姿の男性は黒いレザーコートのポケットに手を伸ばした。だが、メロディーを響かせていたのは、僧侶の一人が持っていた携帯電話だった。彼はマニ車から離れると、僧衣の中から電話を取り出して、大声で話しながら、眼下に広がる市街を見渡した。

 シャングリラへようこそ。

 そこには、5つ星の壮麗なパラダイス・ホテルがあり、コンクリート造りのアパート群が不規則に建ち並んでいる。丘陵地には、17世紀に建立されたスンツェリン僧院が見える。一度破壊され、再建されたこのチベット寺院は、規模こそ小さいものの、ラサのポタラ宮を思わせる佇まいで、街から昇る煙にうっすらと包まれ、輝いている。わずか10年前まで、ここはチベット高原の辺境にある寒村だった。それが、大規模な投資と開発によって、現在では中国有数の観光地に変貌し、雲南省北西部の世界自然遺産「三江併流地域」への玄関口となった。

 10年前、村の中心部には見捨てられた建物が並び、未舗装の道路には人影もなかった。住民の大半は、石壁と大きな梁が特徴の伝統的な家屋を捨て、水道と浄化槽が完備された近代的な家へ引っ越していた。村は滅びゆく運命のように思えた。

 村を救ったのは観光業だった。伝統的な家屋は、チベット地方特有の味わいに富み、観光客を呼べる建物として見直された。曲がりくねった路地の地下には上下水道が敷設され、電気とインターネットの回線が引かれた。古い民家がしゃれた店舗に改装されたり、伝統的な様式を使って、新しい店が次々と建てられた。中国人観光客の好みに合わせて、木彫りの龍や白鳥、トラなどで飾り立てる店も多い。

 実際、観光客はやって来ている。昨年、シャングリラを訪れた観光客は300万人を超え、9割近くが中国人だった。今や、チベット文化は中国西部の観光の目玉だ。家畜が飼われていた民家の1階部分が改装され、チベットの装身具や短剣、動物の毛皮を模した商品を販売する、金持ち相手の店になっている。

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