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特集

北極海の資源争奪戦

MAY 2009


 これにより、遠征の意味あいは大きく変わってしまった。金持ちの道楽ともいえる純粋な探検ではなく、政治的に重要な意味を持つ独占的権益のための行動になったのだ。チリンガロフの偉業は、カナダとデンマークから非難を浴び、米国務省も不快感を表明した。こうしてチリンガロフは、瞬く間に、各国がしのぎを削る利権争いのシンボルとなった。そのため、北極をめぐる争奪戦の主役をチリンガロフと思いがちだが、真の主人公は別にいる。

 北極をめぐる物語の真の主人公は、ほかならぬ北極そのものだ。特に重要なのは、北極の主要な海盆が形成されつつあった三畳紀から第三紀初期までに起きた変動と言えなくもない。当時はパンゲア超大陸から分裂した地塊(ち かい)が移動していて、温室効果ガスの影響で、地球がいまよりはるかに暑い時期が幾度もあった。ある時には、北極の一部は熱帯に近い気候だったという説もある。地球全体の気温が高かったせいでもあるが、現在の北極を構成する海底の一部が、より南に位置していたことが大きな理由だと考えられている。一部の地塊は、気が遠くなるほどの長い時間をかけて、低緯度地方から北に移動してきたのだ。

北極海は資源の宝庫

 有機物と熱、岩石、圧力、時間の経過などの条件がうまく組み合わさると、原油や天然ガスの層が地中に形成される。現在、北極海の海底には、豊富な原油が眠っていると考えられている。なかには、地球上で確認されていない全埋蔵量の4分の1近くを占めるという推計もある。北極海の海氷は急激に解け始め、船舶の航行や海底探査が可能になりつつある現在、北極に面するカナダ、デンマーク(グリーンランドを領有)、ノルウェー、ロシア、米国の5カ国は、豊かな資源が眠る海底に注目し、一部を自国のものにしたいと考えている。

 チリンガロフが北極点の海底に到達してから2週間後。米国の北極調査を指揮する海洋学者ラリー・メイヤーは、米アラスカ州にある北米最北の町バローのメキシコ料理店にいた。彼は米ニューハンプシャー大学の教授で、海底の権益に関する、世界でも数少ない専門家の一人だ。少し前までメイヤーの仕事は地味なものだったが、チリンガロフのおかげでいまでは記者から毎日のように電話がかかり、外国政府からも注目される存在になった。

 店内には、メイヤーのほかに、18人の研究者と二人の国務省当局者、そして私の計21人が陣取っていた。このメンバーで、米国が将来的に領有権を得れるかもしれない海域を、1カ月かけて探査する。出発は次の日に迫っていた。乗り込むのは、すぐ沖合に停泊している「ヒーリー号」。米国沿岸警備隊が保有する3隻の極地調査用砕氷船のうち、最も新しい船だ。出発前、メイヤーは皆に「国旗の写真撮影は禁止です」と告げた。誰もが笑ったが、メイヤーはこう続けた。「まじめな話です。もし写真がマスコミに流出したら、大問題になるんですから」

 北極で国際紛争が発生する可能性はよく話題に上るが、領有権を主張する方法については、ロシアを含む関係各国の間に幅広い合意ができている。その方法とは、海底地図の作成だ。1994年に発効した国連海洋法条約は、海底の地形と地質に関するデータの重要性を定めている。北極圏の海洋開発に参加する国々が守るべき規定を示していて、現在までに156カ国が批准している。それによると、通常認められている200海里(カイリ)の範囲を超えて排他的経済水域を設定しようとする場合は、その海底が自国の大陸とつながった「大陸棚」であることを証明しなければならない。

 国務省が主導するメイヤーの調査は2003年以来、アラスカ沖に延びるチュコート海台周辺の地図作成を続けてきた。自分の仕事は、世界で最も謎に満ちた海の底にあるものを見つけることだと、メイヤーは言う。だが何かを発見した時に、その意味をめぐって議論するのは政治家たちの役割だ。海洋学者の間では「海底よりも月の表面のほうが、わかっていることが多い」などとよく言われる。まさに、北極海にぴったりの言葉だ。

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