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特集

シチリア島の
「死者の待合室」

FEBRUARY 2009


 このカタコンベに初めて葬られた最古のミイラは、1599年から壁のくぼみに立ち続けているシルベストロ・ダ・グッビオという修道士だが、ほとんどの遺体は19世紀のものだ。当初は修道院にゆかりのある修道士や聖職者だけが葬られていたが、やがて寄進者や高官、名士の遺体が仲間に加わるようになった。

 遺体をミイラとして保存するようになった正確な時期はわからない。おそらく、気温が低いことと多孔質の石灰岩の影響で、地下室の遺体が腐らずに乾燥することにたまたま気づき、遺体の保存法としてミイラ化することを確立したのだろう。新しい遺体は「水切り室」と呼ばれる部屋に運ばれ、排水溝の上にかぶせた素焼きれんがの板に乗せられる。遺体から体液がしみ出し、ゆっくりと乾燥させる。そして8カ月~1年後に遺体を酢で清め、最もいい服を着せてから、壁から吊り下げたり、くぼみに安置するのだ。

先祖の遺体を保存する風習は世界中の多くの地域にあるが、このような形で遺体を「見せる」例はほとんどない。多様な文化のるつぼであるシチリアでは、様々な民族が島に持ち込んだ独自の慣習や信仰が混ざり合っている。今でも古い文化の断片を見ることができるが、その起源はとうの昔に忘れ去られている。

 遺体保存の風習は、キリスト教が島に広まる以前の太古の儀式の名残で、現世とあの世をつなぐ遺体の超自然的な力に対する信仰があるともいわれている。すべての遺体がミイラ化するわけではなく、なかには朽ち果てる遺体もあったはずだ。特定の遺体だけが腐らずに保存されることは、神の意志を暗示すると受け止められたのかもしれない。神の大いなる力が現世での善行の証として、ミイラになって生前のままの姿に留めているのだ、と。

 カトリックでは、聖人の遺物が祈りと信心を促す力があるとみなされているように、こうした遺体も信仰を後押しするために神が保存したと思われたのかもしれない。

 時代が下ると、化学薬品を使い、もっと洗練されたやり方で遺体を保存するようになった。遺体の保存は神の手を離れ、葬儀屋と科学の仕事になったのだ。カタコンベのあるチャペルには、ロザリア・ロンバルドという少女を安置した棺がある。その姿はまるで、薄汚れた茶色のシーツの下で眠っているかのようだ。他の多くのミイラは体液が抜け出て干からびているが、この少女の遺体には自分の髪の毛がある。

 人形のようにカールした前髪は額にかかり、後ろ髪は大きな黄色いリボンで結んである。閉じた目にはまつげが完全な形で残っている。もし周囲に頭蓋骨や腐敗臭がなければ、パーティーから帰ってきて自宅でまどろむ子供といってもおかしくない。その美しさは、見る者を捕らえて離さない。少女の遺体は生と死の差が紙一重にすぎないことを暗示するかのようだ。

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