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シチリア島の
「死者の待合室」

FEBRUARY 2009

文=A・A・ジル 写真=ビンセント・J・ミュージ

タリア南部のシチリア島には、死者を“見せる”墓地がある。聖堂の地下に安置された数々のミイラは、在りし日の姿を生々しく今に伝える。

 地中海最大の島であるイタリア・シチリア島の都市パレルモ。この地の空の玄関口は、かつて流行ったギャング映画に登場する人物の名前のようなファルコーネ・ボルセリーノ空港だ。ファルコーネとボルセリーノというのは、シチリア島を牛耳ってきたマフィア撲滅に挑み、暗殺された二人の治安判事の名前で、もとはパレルモ国際空港と呼ばれていたが、二人の勇気を称えて正式名称になった。

 地元の住民は、よそ者にはマフィアについて話したがらない。マフィアは身内の恥であり、部外者には関係のない内輪の悲劇なのだろう。シチリアは秘密めかした、閉鎖的な土地柄だ。パレルモの黒くすすけた重々しい造りの通りを歩いていると、強い警戒心と男性的な荒々しい雰囲気が感じられる。美しい町並みにも暗い影が差しているようだ。

 シチリアの歴史は、欧州で最も悲惨で痛々しい物語で彩られている。1950年代になってもしばらくこの島の農民たちは、西側諸国で最も貧しい生活を送った。数百年の間、生きるのがやっとの暮らしを続けながら、いくつもの災厄を経験してきた。復讐と抗争、不正、搾取、マフィアのファミリーの名誉を守るための殺人、血の掟……。それが教会のお香とオレンジの花の匂いが立ちこめるこの島の現実だ。

 パレルモのカプチン派修道院の建物は、外から内部の様子をうかがい知ることができない。修道院は墓地の近くの静かな広場にあり、1992年に復讐心に燃えるマフィアの手でボルセリーノ判事が暗殺された場所からは、市街地をはさんでちょうど反対側になる。入り口の片隅では、露天商が数人、絵はがきやガイドブックを売っていた。修道院の中では、机の向こうに座った修道士が入場券や絵はがき、ちょっとした宗教用具を売っている。

 階段を降りて、「悲しみの聖母」の木像の前を過ぎると、地下墓所に続く扉に出る。この先には「死者の待合室」がある。中は意外なほど大きく、高い丸天井の主室から、いくつかの長い回廊が直角に延びていた。室内の空気は冷たく湿っていて、腐食した布のすえた匂いが鼻をつく。部屋には2000体近い遺体が、壁から吊り下げられたり、長椅子に乗っていたり、朽ちかけた箱に安置されたりしている。どの遺体も、彼らにとって最も上等な着物である俗世での仕事着を身につけている。ここには私たち以外に生者は一人もいない。

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