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特集

ヘロデ王
波瀾万丈の生涯

DECEMBER 2008

文=トム・ミューラー 写真=マイケル・メルフォード

元前1世紀のユダヤ王、ヘロデ。聖書では幼児を皆殺しにした“悪者”として描かれているが、長年の発掘調査でその意外な素顔が見えてきた。

 昨年春、「ヘロデ王の墓発見」のニュースが世界を駆けめぐった。幼児殺しで知られる聖書の“悪玉”は、実際はどんな人物だったのか。王墓発掘をめぐるドラマと共に紹介する。

 イスラエルの首都エルサレムから南に約13キロ。貧相なオリーブの木々や石ころだらけのトウモロコシ畑の風景が終わり、ユダヤ砂漠の乾いた荒地が広がりはじめると、目の前に突如として、小さな火山のような丘が見えてくる。ユダヤの国のヘロデ王が白亜の石で築きあげた要塞宮殿の遺跡がある、ヘロディウムだ。

 紀元前40年頃からユダヤ王国を支配したヘロデ王は、古代世界で建築事業に誰よりも力を入れ、現在のパレスチナとその周辺に、数多くの宮殿や砦を築いた“建築家”でもあった。ヘブライ大学のイスラエル人考古学者、エフド・ネツェルは、その建築物から王の実像に迫ろうと、実に半世紀にわたって、ヘロデが残した遺跡の数々を調査してきた。

 そして2007年4月、ここヘロディウムの上部斜面で、これまで謎に包まれていたヘロデ王の墓をついに発見する。その発掘調査を通じて、王の新たな人物像が浮かびあがってきた。

 ヘロデには、新約聖書のマタイ福音書に描かれた残忍で狡猾(こうかつ)な人物というイメージがつきまとう。ユダヤの王と予言されたイエスを亡きものにしようと、ベツレヘムの幼い男児を皆殺しにしたとされているからだ。だが、マタイ福音書の記述以外に記録が見つからないことから、ヘロデはこの件に関してはおそらく潔白だったようだ。ただ、3人の息子と妻、義理の母、それに多数の家臣を殺したのは確かだ。ヘロデの生涯は、創造性と残虐さ、調和と混沌が交錯したものだった。

ローマとの協調をめざした王

 ヘロデは紀元前73年、古代パレスチナの中心だったユダヤ王国に生まれた。ユダヤはそれまで70年間、ハスモン家に支配されてきたが、ヒュルカノス2世、アリストブロス2世という二人の王子が、王位をめぐり国を二分して激しく対立していた。一方、国外では、北と西のローマ軍団と、その仇敵である東のパルティアにはさまれ、三方に火種を抱えた状態だった。

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