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特集

地球の悲鳴
食を支える土壌を救え

SEPTEMBER 2008


アマゾンに息づく奇跡の黒い土

 オランダ人の土壌学者、ビム・ソンブルクが土のありがたさを知ったのは、まだ少年だった1944~45年の冬のことだ。ナチス占領下の大飢饉で2万人以上が命を落としたが、彼の一家は生き延びた。それは、先祖代々守ってきたプラッゲン土壌(伝統農法で泥炭地を肥やしてつくった土)の小さな畑があったからだ。

 1950年代、駆け出しの研究者だった彼は、アマゾン川流域を旅した。この地域の土がやせていることは、生態学の常識だ。森林を開墾すれば、強い日差しと豪雨で養分がたちまち失われ、あとには不毛な大地が残る。熱帯では大規模農業はできないと言われてきた。

 ところがソンブルクは、アマゾンで「テラ・プレタ・ド・インディオ(インディオの黒い土)」と呼ばれる肥沃な土を見つけた。プラッゲン土壌のようにしっとりと黒く、農業に適さないはずの熱帯でも、豊かな収穫が期待できる土だった。

 中国やサヘル地域で見られるように、土壌回復計画の多くは、劣化した土を元に戻す試みだ。しかし、熱帯地方の多くの土は、もともと生産性が低く、貧困の一因となっている。だから、土を元に戻すだけでは十分でない。ソンブルクは、やせ地を肥沃な土地に変える秘密がテラ・プレタに隠されているのではないかと考えるようになった。その謎を解けば、最貧国と呼ばれる国々にも食料を自給する道が開けるかもしれない。

 ソンブルクは2003年にこの世を去ったので、夢の実現は見届けられなかった。だが、生前の彼の尽力で、テラ・プレタの起源と働きを調べる国際的な研究調査チームが発足していた。

 そのメンバーの一人が、ブラジル・サンパウロ大学の考古学者エドゥアルド・ゴエス・ネベスだ。私はブラジル奥地の都市マナウスからアマゾン川の対岸にあるパパイヤ農園に足を延ばし、そこで調査をしているネベスに話を聞いた。

 調査地点は四角い区画に区切られ、発掘が進んでいた。穴をのぞくと、真っ黒なテラ・プレタ層が地表から2メートル近くまで達しているのが見える。この層には上から下まで、焼き物の器の破片が埋まっている。

 テラ・プレタは集落跡でしか見つかっていない。つまり、自然にできた土壌ではなく、人の手でつくられた土だということを意味する。土に混じっている器の破片から、年代はコロンブスの米大陸到達以前だと推測される。ネベスらは今、アマゾンの人々がこの土をつくった目的と方法を探っている。テラ・プレタは、大半の熱帯の土には乏しい、リン、カルシウム、亜鉛、マンガンなどのミネラルを豊富に含む。だが、それ以上に際立った特徴は、炭の含有量がとても多いことだ。

 熱帯の多くの土と違って、テラ・プレタは何百年も強烈な日差しと豪雨にさらされながら、養分を失っていないと、ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)の土壌学者ベンセスラウ・テイヘイラは指摘する。研究者たちはマナウスにある公社の試験農場にテラ・プレタの畑をつくり、各種の作物を植えてみて、この土のたくましい回復力に驚いたという。

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