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モスクワ暗夜行路

AUGUST 2008


ロシアの責任者は?

 この国の舵をとるのは誰なのか。プーチン首相か、後継者のメドベージェフ大統領か、ソ連崩壊後に成り上がった新興財閥なのか。あるいは、旧ソ連時代の国家保安委員会(KGB)より一見ソフトになったロシア連邦保安庁(FSB)の高官たちなのだろうか。ロシア人がよく口にするように、これは「わかる人間にしかわからない」問題だ。

 石油景気にわく首都モスクワには現在、世界で最も多くの大富豪がいる。1990年代以降に台頭したこれら新興の富裕層「新ロシア人 (ノーヴィ ルースキー)」には、10年前の「アルミ戦争」のような利権闘争の生き残りもいれば、ヘッジファンドを渡り歩いて一財産築いた青年投資家もいる。

 それにしても、なんたる変わりようだろう。モスクワを初めて訪れた1973年には、日没後の市内は死んだように人気(ひと け)がなくなったものだ。通りでは、しょっちゅう故障してばかりの国産車「ジグリ」をたまに見かける程度だった。がらんとした赤の広場には、レーニン廟の衛兵とブレジネフ書記長のむっつり顔を描いた看板が立っているだけで、「共産党は労働者階級の前衛部隊」と大書した横断幕が掲げられていた。そんな中で育った現在の新ロシア人が、情熱を爆発させ鬱積(うっ せき)したエネルギーや欲求不満を発散させているのは無理もない。

 ロシア人の行動は、とにかくこれ見よがしで派手だ。ツタのからまる邸宅で先祖譲りの財産を後生大事に守って暮らすタイプではないし、手あかのついたルーブル札は大きらい。手の切れるような100ドル札がじゃんじゃん入ってきて、それを湯水のように使えれば申し分ない。

 考えてもみるがいい。なにしろ、彼らの金勘定の単位は数十億ドル。そんな途方もない富を手にしたら、いったいどうやって祝ったものだろうか。シャンパンで乾杯するなら何杯分? キャビアだったらどのくらい? ……こうして「クラブ」なるものが考案された。

 クラブに来れば、成金たちは心ゆくまで“札びらを切る”喜びに浸れるし、入り口に立つ用心棒が場違いな人間を締め出してくれる。用心棒たちは客の懐具合や社会的地位、さらに銃を持っているかどうかまで、ひと目で見抜く。

 市内の「GQバー」が今はやりのクラブなのは、路上にずらりと並ぶベントレーやランボルギーニといった高級外車を見れば一目瞭然だ。私はライターのラナ・カプリズナヤとジャーナリストのイゴール・トルスチコフと一緒にこのクラブを訪れた。黒髪のラナは体重わずか45キロという小柄な女性。いつもタバコをふかしている彼女は、新ロシア人たちの“やりたい放題”を逐一取材してきた。イゴールはどこか陰気な話し方をするが、つねに笑顔を絶やさない男だ。

 GQバーは、雑誌出版大手のコンデナスト・インターナショナル社とライセンス契約を結び、同社の高級男性誌「GQ」のブランドを使用している。このバーで1本20ドル(約2100円)もするミネラル・ウォーターを飲み、カムチャツカ産のカニをつまむ美女たちは、コンデナスト社から派遣されたモデルだ。上得意客は専用のVIPラウンジで高級ウイスキーをすすり、キューバ産の葉巻をふかし、明日の金もうけに向けて英気を養う。

 ロシアには、へべれけになるまで一緒に酒を飲んで初めて、相手を信用し取引をするという伝統がある。食事とウォッカと札束は、切っても切れない関係にあるのだ。

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