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モスクワ暗夜行路

AUGUST 2008

文=マーティン・クルーズ・スミス 写真=ゲアード・ルドウィッグ

が暮れると高級車が街路を疾走し、新興成金はナイトクラブで夜通し遊ぶ。米国のミステリー作家が、好景気にわくモスクワの夜に見たものは。

 真夜中のモスクワを彩るのは、きらめく光と深い闇だ。金色に輝くドームの救世主キリスト聖堂、スターリン時代の記憶を背負ったゴシック様式のホテル・ウクライナ、市街を縫うように流れる、モスクワ川の暗い水面。川下で建設中の高層ビル群では、鋼材やコンクリートは闇に沈み、突貫工事の現場を照らす夜間照明だけが見える。昼の,喧騒(けん そう)がとだえ、夜のとばりが下りると、光にふちどられて、この街の行く末が浮かび上がってくる。

 南西の外れ、市内を見下ろすヴァラビョーフ丘(旧レーニン丘)では無許可のオートバイ・レースが始まるところだ。色鮮やかな日本製バイクや無骨なロシア製ボストーク、イタリアはドゥカティ社のモンスター、ぴかぴかの排気筒が目立つハーレーダビッドソン、ほとんど原型をとどめていない改造バイクなどが勢ぞろい。ハーレーがエンジンをひとふかししただけで、詰めかけた群集がどよめいた。

 バイクレースの取材には、友人のサシャが同行してくれた。物静かで内気そうに見えるが、実は沈着冷静な、殺人課の刑事だ。

 サシャと最初に会ったのは数年前、モスクワ市内のアイリッシュ・パブでのことだった。私は2週間かけて小説の次回作の取材を終え、有能な助手のリューバと祝杯をあげていた。その日、数人のマフィアの死体を沼地から引き上げたばかりだったサシャは、私の書くロシアを舞台にしたミステリーにはまるで興味を示さなかった。だがリューバと結婚した今ではすっかり観念して、こちらが質問攻めにしてもつきあってくれる。ただし私の小説の主人公レンコが、人民警察の主任捜査官という設定には不満顔だ。自分と同様、万年ヒラ刑事のタイプなのにおかしいというのがサシャの言い分なのだ。

 バイクレースは、大通りを舞台に始まった。選手たちのまたがったバイクが次々に、見物人の目の前を猛スピードで疾走していく。ゴールはサドーバヤ環状道路より手前のどこかということで、特にはっきり決まっていない。

 普段着にヘルメットをかぶっただけの十代の少女がバイクの後部座席にまたがったのを見た私は、心配になった。あまりに危なっかしいその姿に思わず「責任者はどこだ? 警察はいったい何をしているんだ」と口走ってしまったほどだ。サシャは、きまり悪そうに路肩で警備に立っている制服姿の兵士たちを指さした。  「ほら、彼らにもどうしようもないのさ」

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